華のJK・Pさんと男性配信者達がフェミニズムを考える討論会の中止騒動について思う事

数日前、某男性生配信者達がフェミニズムについて考える討論生配信のゲストに15歳のフェミニストを呼ぼうとした事がTwitterで騒動となりました。

「ミソジニストが JKを引っ張りだして、許せない」「身元を晒そうとする人がいて危険だ」「音声が残って怖いからやめろ」と危惧する意見(特にフェミニスト達)が多数で、結局、「15歳以下の未成年は法律上21時以降の仕事はできない」「親の承諾が無い」などが理由で、その”華のJK(ご本人が称されているので敢えて使います)”Pさんの出演は無くなった様です。

わたしはその頃、Vagina Museumや、映画「Female Pleasure」の試写会でロンドンにいてTwittrerを追っておらず、どなたが配信されるのかも知らず、TLに流れて来た情報だけ見て何となく大多数の人と同じ気持ちになっていました。

ところが、Pさんのツイートを見たところ、これは「本人自らの応募」で、無理やり引っ張り出された訳ではない事や、配信者側も彼女を尊重して出演の際の条件などきちんと話し合いがなされていた事が分かりました。
まるで「10代の女の子は弱くて意志がない」かの様に無意識に思っていた自分の偏見に、わたしは気づきました
配信者のツイートも確認しましたが、その内のお一人は多少軽率な発言をしている様にも見えましたが、そこまであからさまなミソジニストの様にも思えませんでした。
むしろ、フェミニズムに無縁そうな男性がそれについて考えてくれるのなら良い機会ではないかと思います(フェミニズムを知らない、興味がない人にこそ、届かないと意味がないと思うからです)。

Pさんの書く文章からも真摯な考えが伝わりました。
これだけ聡明でしっかりと意見を持つ華のJKなら、何の問題もなく大人と対等に討論できるはず(もちろん21時以降の出演は法律で禁止されているのでNGですが)。
なのに、必ず加害されるかの様に過剰に心配し、危険だ危険だと騒いで辞めさせた人達は、Pさんの主体性を本当に尊重しているのか疑問です。特にフェミストを自称している人達は、Pさんが華のJKだからと一段低く見ていないでしょうか。更にその上、Pさんが自らの意志で男性との討論に応募した事が気に入らないのか、「名誉男性」と決めつけて罵るフェミニストまでいたと知り、驚き呆れ果てています。
むしろTwitterではその様にすぐ罵詈雑言を投げる大人が多い中、冷静に意見を述べることができるPさんを大人が対等に扱わないのは失礼だし、Pさんのやりたい事を奪っては、本末転倒です。

わたしは子供の頃から、何か新しい事をしようとすると、大人から「まだ早い」「何かあったら怖いからやめておけ」と言ってやらせなくさせられる事にウンザリしてきました。
そういう人は「良い事をした」と思っているけれど、わたしからしたら貴重な経験を奪い取る余計なお世話な人達です。
Pさんの出演の件で大人がすべき事は、「身元探す人がいて怖いよ」と脅すのではなく、おもしろ半分に身元を探る輩を徹底的に糾弾し、Pさんのやりたい事ができる様にその道を整えてあげる事ではないでしょうか。

Pさんは本当に良くできたお嬢さんの様で、わたしなら余計なお世話だと思うそれら大人の説教にも、「普段心配されることがなかったから嬉しいです」とツイートされていました。
ご本人が嬉しいなら、わたしがこれ以上言うことはありません。
ただ、何だか最近のフェミニスト達は、女性(特に若い女性)といえば即、「被害者・弱い存在」という思い込みが過ぎる様に思います。(わたしですらPさんに対してそう思い込んでいました)
性虐待やセクハラはもちろん撲滅すべきだし、MeTooもムーブメントになりましたが、世界の全ての女性が弱い存在とは限りません。

冷たい様ですが、フェミニストはかわいそうな人を慰めてあげる「被害者の会」の人ではないと思います。誰も守ってくれない時にこそ、その人が自力で立てる様にしなければ意味がありません。喩えるなら、お腹が空いている人にその時だけ美味しいご飯を作ってあげるのでなく、ご飯の作り方や材料を買うお金を得る知識を得る、そのツールがフェミニズムです。

このブログを書きながら、かつて藝大で上野千鶴子先生と討論会をさせていただいた事を思い出しました。
上野先生は、わたしのアートについて「性的な表現をして後で後悔しても取り返しがつかない」などと仰いました。先生のお弟子さん達には、自分の過去を後悔する人が多いのでしょうか。わたしという女性を低く見てかわいそうがりたかったのかもしれませんが、わたしは覚悟を持って制作し、だからこそ、今も国と裁判でワイセツについて争っている。
そういうわたしに対して「後で後悔するかも」と言うのは失礼だなと思いました。

わたしは「男女平等」をモットーにするフェミニストとして、性別や年齢や活動内容に関係なく、あらゆる人間と対等でありたいですし、15歳のPさんの語るフェミニズムと、それについて考える一般の男性との討論を視聴したかったので、とても残念です。

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Vagina Museumに遊びに行って来ました

さて、昨夜はせっかく映画「Female Pleasure」ロンドン試写会に招待されましたので、この機に、話題のカムデンタウンにあるVagina Museumにもお邪魔んこして来ました。

Vagina Museumの代表フローレンスさんには、この美術館のクラウドファンドに作品提供の依頼を受けていたわたし。その為に新しいデコまんを作り、支援者へのリターンとして提供しましたが、実際に現地に伺うのは初めてでした。

美術館と言っても、カムデンタウン内の出店舗の一角で、おしゃれな画廊と言う方がふさわしい佇まい。

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入って右側の部屋は、まんこのアクセサリーなど、おしゃれなお土産コーナーでしたが、肝心の展示はというと、簡素なパネルばかりで、一見、まんこが足りない感じがしました。
改めて観ると、今期は「世界のまんこに対する偏見を集めた展示」で、世界各地のまんこ偏見やおかしな風習が、その事例と共にパネルで説明されており、興味深い内容でした。
まんこミュージアムというと、つい日本人のわたしは秘宝館の様な物を想像しがちでしたが、ここは、まんこ持ちの女性が立ち上げた、ありのままのまんこ知識を高める場所なのです。
残念ながら、男性が期待する様なエロ要素は全くありませんので、あしからず(^^)

例えば、インドでは性教育がちょっとおかしくて、教科書なのに「真のまんこ」はビラビラや色や形はこんな風だとか、「偽のまんこ」はこんな風だ、などど偏見に満ちた事例を紹介していたりするのも、この展示で知り驚きました。
カーマスートラが生まれた国なのに、一方で性嫌悪する。
まるで、神話の世界では性がおおらかに語られて江戸時代には春画も華やいだのに、まんこをアートにすると逮捕される日本みたいですね。

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その他、「生理は汚い」「お湯の中でセックスすると妊娠しない」「オーガズムがないと妊娠しない」etc…と明らかに間違った世界のまんこ偏見や風習についての展示や、ケミカルで体に良くない女性器専用洗浄剤の説明など、まんこ持ちの女性だけでなく、男性にも一緒に見て知識を得て欲しい展示内容でした。(わたしは夫と観覧しました)

観覧後はフローレンスさんとキュレーターのセーラさんとお話しして、今後はわたしのまんこちゃんソフビ販売や本の販売もお願いする予定となりました。
ゆくゆくは、まんこのボートもこちらで展示させて頂けたらいいなと思っております。

ところで、フローレンスさんは最近日本で物議を醸していた生理バッジの件や「生理ちゃん」もご存知でした。流石、まんこに意識高い。

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ドキュメンタリー映画「Female Pleasure」のロンドンプレミア試写会に行って来ました

昨夜は、わたしが出演しているドキュメンタリー映画「Female Pleasure」のプレミア試写がロンドンの小さな映画館で催されました。

Female Pleasure」は、監督のBarbara Millerさんが世界の女性差別と闘う5人の女性を撮影し、その実話を描いたドキュメンタリーです。
FGM(アフリカに今も残る女性器の陰核を切除する風習)を実際に受け、その非道な風習の根絶運動をしているドクターLeyla Husseinさん、
子供の頃からカトリックの聖職者に長らく性虐待された事実を勇気を出して告発した作家のDoris Wagnerさん、
(カーマスートラが生まれた国なのに)性教育はタブーとされ、親が決めた相手としか結婚してはならない古い慣習が今でも残るインドで、性教育や自由恋愛、自由意志での結婚運動を推し進める活動家のVithika Yadavさん、
ユダヤ教徒の厳しいコミュニティから脱会し、女性差別的な慣習を告発した作家のDeborah Feldmanさん、
そんな錚々たる女性達と共に、うっかりわたしも紹介されております。

Female Pleasureは、直訳すると「女性の喜び」です。わたし達5人は、本来は自分の喜びであるはずの体や性の自由を、男性や他者から奪われた事に対して闘っています
まんこアートを本格的に始めた当初はもちろん理解者はほとんどおらず、逮捕までされ、わたしはずっと孤独だと思っていましたが、この映画のおかげで「わたしは独りじゃなかった。」と勇気を得る事が出来ました。
また、撮影が終わって間もなくして、MeTooムーブメントが世界に湧き上がったのも功を奏し、ロカルノ映画祭では数々の作品賞を受賞しました。
まさか、まんこで捕まった数年後に、ロカルノ映画祭のレッドカーペットを歩く事になるとは夢にも思わず、無駄に感じ悪い弁護士には「焼け太り」と言われております。

この映画はスイスやドイツでは大ヒットしており、この度、イギリスにも上陸しました。
日本でもいつか上映される事を期待したいです。

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歴史修正したい人達に思う事

萌え絵ポスターへの抗議が冷めやらぬ中、今度は、中年男性と女子高生の関係について描かれた「娘の友達」という青年誌漫画が不道徳だとしてTwitterで批判されている様です。
その件をつぶやいていたら、あらぬ方角から人間の面白い心理について考えさせられる出来事が起きたので、今回は、主に表現の自由よりもその件について書こうと思います。

「娘の友達」の設定だけ聞けば、「中年男性が都合良くJKを搾取している!」と怒り出す人達がいるのは想像がつきます。また、この単行本カラー表紙は今までバッシングを受けてきた、いわゆる萌え絵風の、はにかんだ女の子が誘う視線で、淡いタッチの絵。
しかし読んだ方の感想によれば、自分を縛り付ける母親から逃れたく、救いを求めて主人公にすがる女子高生と、主人公が倫理観や責任感に悩み苦悩する話の様で、「エロ漫画」ではもちろんなく、むしろ現代の息苦しさを描いた作品の様です。

漫画はファンタジーです。仮にエロ漫画であったとしても、読み手はファンタジーとして楽しみたいし、漫画は道徳の教科書ではありません。それに、もしも漫画に道徳的な人間しか出せなくなったら、わたしが個人的に好きな平山夢明先生や岩井志麻子先生の小説は読めなくなってしまいます。

これについて考えていた時、わたしは過去のある出来事を思い出しました。
93年にあるドラマで既婚者を不倫略奪する女性を演じたUさんです。
当時のUさんは、童顔で、瞳が潤み、少し寂しげな表情が可愛らしい、まるで今の萌え絵を具現化した様な人でした。そのUさんが既婚者の中年男性を不倫略奪する女性を演じるストーリーの為か、単なる配役を演じただけにも関わらず、「媚びてて許せない」と、当時の女性達から嫌われました。
テレビのワイドショーでも連日の様にその話題となり、「嫌いな女ランキング」の1位にもなっていたと記憶しています。
良く言えば、多くの人をそこまで思いこませる役柄を演じたという意味でも演技の才能ある方だと思いますが、飲み会の席でも「Uってどう思う?」という下世話な話が繰り広げられ、そのくらいUさんは多くの女性に嫌われてしまう人なんだなぁとわたしは気の毒に思いました。
93年のあの当時にSNSがあったら「本人と役柄は無関係では」という当然の声が上がったかもしれませんが、残念ながら、皆がテレビからの一方的な情報を共有する時代でのバッシングは相当なもので、以降Uさんをテレビでお見かけすることはなくなりました。
その後、あさま山荘事件をテーマにした映画に出演しているUさんを観て、映画俳優として活躍されているんだな、という印象でした。最近はハリウッドに進出されたそうで、良かったなと勝手に思っておりました。

Uさんへの過去のバッシングに感じた気持ちは、「娘の友達」への批判に感じたのと同じ、
「現実とフィクションの区別をつけろ」
という事です。わたしはそれを言いたくて、以下の様にツイートしました。

“(´-`).。oO(女子高生と中年男性の恋愛漫画「娘の友達」へのバッシングも、絵柄が萌え絵ってのも大きそう。昔、〇〇というドラマでヒロイン演じたUさんが、仕事として演じただけなのに嫌われて、流石に理不尽だと思ったのを、ふと思い出した…多分繋がる、この違和感。”

“Uさんは童顔だし若かった。他人の夫を不倫に導くのが、気が強く恋愛も仕事もガツガツ行くタイプの人なら、そこまででは無かったかもしれない。女性層にとことん嫌われ、テレビから観なくなった。ありゃ本当に理不尽だった…その漫画もファンタジーなのにバッシングされるの、何か似てる…”

しかし、このわたしのツイートに、Uさんご本人が取り上げ、この様に引用RTして来たのです。

“へ???
自分の人生を表現して来たお仕事ではなく、ゴシップ誌が作ったストーリーで信じられてしまうことの不思議”

わたしはむしろ、マスコミが騒ぎ立てた事がおかしく、「現実とファンタジーの区別をつけろ」と言っている側なので、Uさんは何か勘違いされている様でした。このUさんの間違った解釈により、他の人達も勘違いしたままわたしを批判して来て、嫌な思いをしました。
わたしがそれらに対して律儀に説明しても、そういう人は後を断たず、Uさんも勘違いを訂正するどころか、わたしが「前後のツイートの流れを見てください。」とお願いしても、「元の流れがどうというのは私のサブジェクトではないのでわかりかねます」とし、「2019年の今もこうだと思われたら嫌でしょう」と、わたしが言ってもいない事を更に強調されただけでした。
自分の誤読は認めないし、相手のサブジェクトも知らない、という人と会話をする気持ちが萎えてしまったので、わたしはUさんをミュートしました。

やり取りがあまりに噛み合わず、なぜなのかを考えていて、Uさんは単純に、女性に嫌われていた過去を触れられたくなかったのかと、鈍感なわたしはやっと気づきました。
わたしは自分の恥部をアートにするぐらいなんでも明け透けにする女なので、その様な恥じらいの意識に欠けていました。すまんこです。
しかし、ならば、わたしに絡んでしまった事で、多くの人に拡散され、逆効果だったのではないでしょうか

その上、Uさんを擁護する人達の、わたしに対する批判は止まず、今度は、「93年のあのバッシングは無かった、マスコミの嘘だ、女性に嫌われていたのはフィクションだ」と歴史修正する人達まで湧いて来ました。
わたしはバカ正直なので、自分が見て来た景色や事実と違う事を受け入れる気はありません。
当時の時代の空気を知る人達なら周知の事実を否定されればされるほど、Uさんへの過去の一般女性達が下した評価について語らねばならず、一体誰が幸せなんだろう?と疑問です。

どんなに嫌な過去でも、過去は消せません。わたしも逮捕を二回され、あれこれ言う人はいます。しかし他人の口を封じる事はできないし、起きた事実も変わりません。だからわたしは全部ネタにして笑いにして来ました。
昔、Uさんの様に「ぶりっ子」として嫌われたさとう珠緒さんも、現在はその過去をネタにご活躍されていると聞き、俄然応援したくなりました。

Uさんは今はハリウッドでもご活躍されている大俳優なんですよね。
過去にこだわるより、今どうかが大事ではないのでしょうか。
むしろ吹っ切って「昔は嫌いな女ナンバーワンだったんです」と明るく言う人だったら好感度も高まると思うのですが・・・余計なお世話ですね。
女性に嫌われていた事を隠したいキャラなら、それも自由だと思います。
ただし、人間とは、歴史修正をしたがるほど、隠されれば隠されるほど、余計に見たくなる下世話な生き物です。吉本芸人の花紀京さんも、見せたくない物を引き出しに隠し「あっ、そこは絶対開けたらアカン!」と言い張り続けてかえってバレるお笑いネタを披露していました。
だからわたしも、昔、自分が浮気や不倫した話も筑摩書房の自伝本や他の漫画で正直に書きました(後でなんか言われるくらいなら自分から言った方がマシですから)。
そして、自分だけは気づかれていないと思っている事も、周りが知っているのは、見ている方もなんとなく恥ずかしいものです。

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【これからのフェミニズムを考える白熱討論会 – 石川優実×青識亜論(せいしきあろん)】に登壇した石川さんに伝えたい事

「フェミニストって、討論会に誘っても絶対来ないんだよな」

今から5年前、わたしのまんこアート逮捕時に弁護団の一員となり、その後も無罪を勝ちとる事に貢献して下さった山口貴士弁護士が、無駄に感じ悪くこう言っていました(わたしの裁判は有罪部分のみ、現在も最高裁で係争中です)。

フェミニストは男女格差をなくそうと活動する人です。当然、反対論者との討論会には積極的に参加するものと思っていたわたしは驚きました。本当に社会を変えたいなら敵対者や無理解な人達にこそ我々フェミニストの主張を理解してもらわないと進展しないでしょう。社会の半数は男性で構成されているのを考えれば分かる事です。
しかし残念ながら、確かに山口先生の言う通り、フェミニストを名乗る学者や知識人達が、特に表現規制に反対する人達との討論会には頑なに拒否して参加しないパターンを、その後もよく見かけました

ですから、青識亜論(せいしきあろん)さんという表現の自由主義の方が、「KuToo」運動を興したフェミニストの石川優実さんとの討論をTwitter上で呼びかけていた時も、あまり期待していませんでしたが、石川さんが承諾した事で、わたしは俄然、この討論会を注目し始めました。

同じフェミニストでも、わたしは表現の自由主義者。週刊誌のグラビアや萌え絵ポスターのゾーニングを主張する石川さんとは意見が真っ向対立しますが、「フェミニストを名乗る人が討論会に参加する」と言う、よく考えれば当たり前の話でもなかなか実現しなかった事が叶うのは素晴らしいことです。
残念ながら、現在は日本に住んでいない為、直接討論会を見に行くことは出来ませんが、Twitterで討論の様子がツイートされるのを楽しみに待ちました。

わたしは石川優実さんにはなぜかブロックされていて、氏のタイムラインを見れませんが、よく反対論者とのやりとりがTwiterで流れてくるのを見ていても、主張がコロコロ変わりやすくて一貫性に乏しく、場当たりで意見を述べる人の様に推測できるので、理詰めで話をするタイプの青識さんとは全く合いそうにないのは確かでした。
でも、アイドルと学者が対談してエンターテイメントとして面白くなるNHKの番組もよくありましたし、わたしはその化学反応まで含めて、本当に楽しみだったのです。

そして案の定、討論会が始まってから、石川さんの知識不足や主張の論理性のなさを指摘する参加者のツイートや、途中で石川さんが変なことを言って嘲笑されていたようなツイートまで見かけましたが、参加者の多くが議論好きの表現の自由主義者ばかりの中、たった独りでも討論会に参加した石川さんの真摯な姿勢に好感を寄せる人が多かった様で、
「石川さんの主張には反対だが、イメージが良くなった」
この様なツイートが圧倒的だったのが印象的でした。

くどい様ですが、なぜか石川さんにブロックされているわたしですら、石川さんへの好感度がUPしました。主張はさておき、反対論者にも話を聞いてもらう架け橋を作った石川さんは素直にすごいと思いました。
この討論会について、参加もせず、応援もせず、後になって「公開処刑だ」と言いだす石川さん支持の人達の声が強まれば強まるほど、返って孤軍奮闘した石川優実さんの好感度が増す形となりました。(彼らが本当に石川さんを支持しているなら、なぜ参加して質問タイムなどで意見を述べないのか不思議です)
石川さんのお陰でフェミニストの印象も少しは変わったのではないかと、わたしは喜んでおりました。

ところが、この討論会は有意義だったとその場では言っていたと言う石川さんご自身のブログを読んだわたしはひっくり返りそうになりました。

曰く、「私は青識さんの承認欲求を満たす道具にされた」「共感が欲しいのに上から目線の評価しかない」「青識さんを嫌いになったから関わらない事にします」…etc.

一体、なぜこの様な解釈となってしまったのでしょう。

せっかく良いイメージとなり、今後への架け橋を作りかけたのに、自らちゃぶ台返してしまった石川さん。
フェミニストは討論会などしても無駄、敵対し続けたい人達のイメージが補強されただけで、酷すぎます。彼女やその支持者は内部の支持や共感がほしいだけ。
社会を変えようとは本気で思ってないのでしょう。

でも、わたしは違います。わたしはフェミニストが嫌いな男性にこそ、討論し、お互いがどう共存するかを話し合いたいです。
残念ながら日本にはいませんが、どんどんキリスト教的禁欲主義、保守となり、視野が狭くなっていく日本のフェミニスト達を見ていられません。

真偽はわかりませんが、石川さんは討論会後、フェミニストを名乗るK氏やその一派に連れて行かれ、会場での発言について怒られたとお聞きしました。
K氏のツイートによれば、その会場に「潜入したが、石川さんが嘲笑されていて酷かった」との事ですが、なぜ「潜入」と言う言葉を使うのか。青識さん界隈にならK氏の顔や名も知れているのですから、こそこそせず堂々と入ればいいでしょう。まして、石川さんが目の前で笑われているなら助けようと声を上げる事もしなかったのは何故でしょう。
わたしが石川さんなら、味方が困っていてもただ見てるだけの無能なK氏を逆に怒りたくなりますが。

最後に、同じフェミニストを名乗る者として、石川さんにお伝えします。

「共感が欲しいのに、上から目線の評価しかない」とか言っているのは、あなたがブロックした人達だから、ただ見えないだけです。
あなたは一人でも頑張ったと、皆さんからの人気を得ています。(これはあなたの欲しい「共感」ではないのかもしれないけど、あなたへの好意や人気に変わりなく、それはあなたの活動理解にもつながるでしょう)
むしろ、K氏の様にあなたの邪魔しかしない人達に、どうか洗脳されないで。
せっかくあなたが作った架け橋を無駄にしないでください。

(石川さんのブログ中の「誰も評価してくれない」について誤読しておりましたが、「共感が欲しい」ということの様でしたので、訂正し、お詫び申し上げます。)

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保釈金300マン円を横領して業務停止処分になったT弁護士に思う事。

わたしは2015年秋頃、しばき隊から不当な攻撃を受けていた時(いわゆるぱよちん騒動 (詳しくは 漫画 もしくは ろくでなし子独占手記「ぱよぱよちーん」騒動の全真相ーオピニオンサイトiRONNA を参照ください)、T弁護士を初めて知りました。
当時は、新潟水俣病原告弁護団団長であり、しばき隊の卑怯なやり方を批判するT弁護士が頼もしく、また、名刺の肩書きにハゲと書くなどユニークなところにも好感を持ち、わたしも勝手に似顔絵を描くなどし、先生を尊敬しておりました。T弁護士も、わたしの事を「ろくでなし子師匠」と呼び面白がっていらしたので、わざわざ否定するのも無粋だと、放っておりました。ちなみに、多くの人が勘違いしている様ですが、T弁護士はろくでなし子弁護団のメンバーだった事は一度もありません

ただ、しばらくして、T弁護士が、精神を病んだ人を自殺に追い込むような、報復が極端にやり過ぎだという話をとある筋から聞き、疑問を感じるようになりました。T弁護士はキリスト教徒のはずなのに、敵と認定した人を徹底的に追い詰める容赦の無さにも怖い物を感じ、距離を置くようになりました。距離を置くといっても、元々、Twitterでしかお見かけしなかったのと、その後、わたしも結婚・妊娠・出産・子育てと忙しく、その件すらもすっかり忘れておりました。

ですから、Twitterで「なぜT先生を救わないのか!」と言うリプライが来て、初めて、T弁護士が裁判所からの保釈金300万円を横領して業務停止処分にされた件を知り、驚きました。
先生が生活に困窮していたのならお気の毒ですが、どんな理由があるにせよ、横領は犯罪です。

ニーチェもこう言っています。

《怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。 「善悪の彼岸」—146節》

T弁護士は、深淵を覗きすぎて、結局しばき隊以上の怪物になってしまったのかもしれないと思うと残念でなりません。

以前にも似たような事があったのを思い出します。法律漫画家を称するSさん。
ある日、わたしはTwitterで見知らぬSさんから親しみを込めたリプライやRTをされるようになりました。当初はこちらも親しみを込めてやりとりをしておりました(この時も、ちょうどしばき隊による嫌がらせが続いており、Sさんはわたしに絡むうちにいつの間にかアンチしばき隊の頼もしいサポーターとなり、しばき隊リンチ事件の裁判傍聴ルポでは大活躍されました)。
しかし、わたしはSさんとは実際には会った事もなければ電話ですら話した事もありません。なのに、Sさんは過去にわたしと同じ漫画雑誌に同時に載っていたというだけで「ろくでなし子さんとコンビを組んでいた」と、まるで親しい間柄のように触れ回っていました。友人知人から「すごい仲良しなんだね」と言われ、だんだん気味悪く感じてきました。
それからしばらくして、Sさんはアシスタントとして仕事をする事になった某漫画家(仮にA先生とします)の事務所で、ツイキャスでA先生の私物を勝手に披露したり悪口を公開している姿を見て唖然とし、完全に距離を置くようになりました。
その後、Sさんは何と、A先生を介護セクハラで週刊誌に告発するのですが、実はSさんが 脳の病気を患った障害で独りでは動けないA先生のTwitterを乗っ取っていたり、A先生の股間を隠し撮りしてその写真を誰かに送るなどしていたことが関係者を通じて明らかとなりました
わたし自身も迷惑し、また、ツイキャスと言う公開の場でA先生の私物をひけらかしてA先生を「ポンコツ」と呼びバカにするようなSさんの道徳心の低さを知っていたので、Sさんの告発には信憑性が低い事をTwitter上で指摘しました。
その結果、A先生介護セクハラ疑惑は、大手週刊誌がスクープしたにも関わらず、MeTooムーブメントの時代にも関わらず、誰も話題にする事なく、どこかに消えてしまったようです。

今思えば、Sさんも、しばき隊と闘って持ち上げられる事で、社会悪と言う怪物に魅入られて自分を見失ってしまったのか・・・な・・・?まぁ、Sさんの場合は元々話を大きく膨らましたり虚言癖がある事が大きいと思いますが。(何しろ、子供時代は貧乏で劣悪な環境で過ごしていたと語りながら、ロシアやアメリカの大統領に会うような生活をしていたと、平気で最初の設定忘れて文法が間違ったおかしな英語をツイートするような人だったので)

ただ、Sさんには最初から迷惑していたので何の思い入れもありませんが、かつては尊敬していたT弁護士が横領事件で業務停止処分された事については、残念な思いと深い悲しみを感じております。
(はからずも、T先生をベイダー卿に描いた似顔絵が、今となっては皮肉な話です)

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あいちトリエンナーレ絡みのエライ人達ってどうしてこんなに…

“愛知・大村知事の「明確にヘイト」発言に竹田恒泰氏「お前がいうな!」”
29日、大村秀章愛知県知事(59)は27日に同県の施設「ウィルあいち」(名古屋市東区)で開催された「芸術祭 あいちトリカエナハーレ2019『表現の自由展』」について「内容からして明確にヘイトにあたると言わざるを得ない」と発言、法的措置を考えていることを明らかにした。 https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/news/1603155/ 東スポWebより

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今日は表現の自由問題について呆れる事ばかりで、ついついブログを2回も更新してしまいます。
繰り返し言っていますが、「あらゆる表現は意図せず誰かを傷つける」ものです。たとえ、作者や主宰には誰かを傷つける意図はなくても。

問題となった、昭和天皇の肖像を焼く動画作品は、作者の大浦信行さんが、過去に天皇をモチーフにしたコラージュ作品を富山県美術館で展示したところ、不敬だと抗議が殺到して展示中止になり、美術館側に図録を焼却された経緯があり、それを再現している様なので、焼いた(規制した)のは国や保守的な人達だと言う皮肉を込めた作品と思われます。決して単純な反日作品ではないとわたしは思います。

しかし、背景を知らない人や、あるいは知ったとしても、ある種の人達を大いに傷つけ、憎悪や怒りを煽りました。彼らには十分、ヘイトと思わせた。ヘイトかどうかで言えば、表現の不自由展の件の作品も当てはまると思います。
ヘイト規制を設けたら、ヘイトかどうかを決めるのは国や大きな組織や集団に委ねられ、気に入らない表現は簡単に規制できてしまい、みんなが自由に表現できない世界となります。

だからこそ、わたしは ”表現の不自由展” の表現の自由を支持して来たのに、
「我々の展示は表現の自由だが、あいつらのはヘイトだから法的措置を」と、
ダブルスタンダードをかます大村秀章知事に腰が砕けそうです

あいちトリエンナーレのあり方検証委員会には、萌え絵や巨乳の人を奇形差別とし、秋葉原をR16特区にしろと言う岩渕潤子さんが委員として就任する始末です。
あいちトリエンナーレ絡みのエライ人達って、どうしてこんなに・・・・なの?