カテゴリー別アーカイブ: 表現の自由

2分でわかる!ろくでなし子って、フェミニストとして何やって来たの?

最近、Twitterで「ろくでなし子さんてフェミニストとして何やってたの」と言われる様になって来ました。二度の逮捕も、もう6年前の事なので、仕方ありません。以下、2分でわかる様に解説します。

わたしは、まんこを卑猥な物とする、世のまんこイメージを覆す為、自分のまんこの型をとり、キラキラにデコったり、ジオラマを載せたり、まんこの照明器具、まんこのiPhoneカバーなど、面白くて楽しくて笑えるまんこの作品作りをしてきました

その一環で、まんこを3dスキャンし、まんこのボートを作って、たまん川(多摩川)で漕ぎましたが、

まんこのボートを作る際に利用したクラウドファンド(CAMPFIRE)の出資者に、リターン(お礼)として、3dまんこデータをダウンロードできるURLを送信したのが、ワイセツ電磁的記録媒体頒布として、逮捕。二度目の逮捕では、それにデコまん作品展示の罪もくっつけられた上に、起訴されました

後に、控訴審の高等裁判所でデコまん展示は無罪確定となりましたが、3dまんこデータのダウンロードできるURLの送信については高裁でも有罪だった為、最高裁に上告して数年が経ちました…

逮捕の件を漫画にしたところ、英語訳、フランス語訳、スペイン語訳と、世界に作品が広がりました!

またその間、なぜか海外のロックミュージシャン Mike Scott と出会って結婚、44歳で元気な男の子を出産しました(笑)

何だかほのぼの幸せなまま、刑事被告人状態が続いておりましたが…

今月16日の15時、やっと、ハンケツがおりるのです!と言うことで、性器の(世紀の)まんこアート裁判のハンケツ結果をお楽しみに。お暇な方は、最高裁判所に、遊びに来てねー♪

最高裁判所住所はコチラ

「バースト・ジェネレーション:死とSEX」展 “BURST Generation : Death and SEX” exhibition 7月10日〜22日迄開催

本日より開催、
「バースト・ジェネレーション:死とSEX」展
“BURST Generation : Death and SEX” exhibition
に参加しております。
作家先生方と、ハイまんこ☺️

以下、ギャラリーサイトの展示会概要を転載します↓↓↓

「バースト・ジェネレーション:死とSEX」展
“BURST Generation : Death and SEX” exhibition
ろくでなし子、根本敬、釣崎清隆 、ピスケン 、ブライアン佐藤、
西牧徹、PONO♡FEKO 、ケロッピー前田
スペースM、S、E※関連イベント→https://www.loft-prj.co.jp/schedule/rockcafe/148571

〔概要〕
コロナ禍にある2020年、伝説の雑誌『BURST』の血統を継ぐ『バースト・ジェネレーション』(東京キララ社)が、時代を疾走してきた表現者たちに“新たな戦場”を提供する!
今回はゲストアーティストに「まんこアート」の巨匠・ろくでなし子を迎え、鬼畜悪趣味カルチャーの先駆者・根本敬、グロテスク表現を極める死体写真家・釣崎清隆、BURST創刊編集長&作家・ピスケン、褐色のエロス画家・ブライアン佐藤、淫魔の鉛筆画家・西牧徹、陰部神社を祀るPONO♡FEKO、究極のカウンターカルチャー・身体改造を追うケロッピー前田が集う。
タイトルとした「死とSEX」は、オーストラリア・タスマニアにある「死とSEXのミュージアム」の異名をとる美術館MONAにあやかった。MONAは、古代美術と現代アートに特化したコレクションを通じ、人間の最も原初的なアートの衝動は「死とSEX」の表現にあると教えてくれる。また、「死とSEX」展は「死と未来」展(ヴァニラ画廊、2013年)の続編にあたり、「Nach Fukushima(アフターフクシマ)」展(HfG Offenbach, Frankfurt Germany 2018)に次ぐ、ケロッピー前田キュレーションによる展示となる。ご期待ください!

新宿眼科画廊でのオンライン展示会始まりました。(7月7日まで)

6月26日から7月7日まで、新宿眼科画廊のオンラインweb展覧会に参加しております。

【作品説明】やぁみんな!まんこのようせい・まんこちゃんだよ!ぶったいを3Dスキャンして、じゆうにプリントできるかっきてきなぎじゅつをつかって、まんこアーティストのろくでなし子さんが、2014年のタイホをきっかけに、3dモデリングをべんきょうして、まんこをたのしいおもちゃにしたよ。だいいちだんは、3dLEGOまんこドール。おてもちのLEGOにくみあわせてあそんでね!(撮影:Michel Paschalis)

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今から6年前の2014年は、わたしにとって忘れられない年です。

5月に新宿眼科画廊にて、「まんこで遊ぼう!よいこのまん個展」を開催しました。自らのまんこを3Dスキャンして作ったまんこのボートや、3dプリントした模型、まんこのアプリゲームなど、わたしの中では最新テクノロジーを駆使しながら子供でも楽しく遊べるまんこアートを展示したつもりでしたが、後にそれらがワイセツとされ、7月と12月に二度も逮捕されました。

それ以前から、わたしはまんこをデコってジオラマを載せるなどしてましたが、手作業で石膏を使い1個1個かたどる作業は時間がかかるし、その単純なアナログ手法にも飽きていました。3dプリントの技術でそれが可能だと思いついた時は、興奮と喜びで満ちました。

当時も今も、新しいテクノロジーがあれば、まんことかけ合わせてみたい!そしてプロダクトアーツとして量産したい!と思う気持ちは変わりません。ただ、当時は3dの技術は自分には高度すぎた為、専門の業者にお願いしておりました。専門業者に頼めば当然お金もかかりますから、アイデアを気軽に形にできないのが、一番の悩みでした。

二度の逮捕を機に、「これで逮捕されたからには極めたい」と思い勉強し、50歳を前に、3d技術のスキルを身に付ける事ができました。これからは、誰に頼る事なく好きな作品を量産できると思うと、感無量です。警察には感謝しかありません。

あれから6年、新宿眼科画廊のオンライン展示会で再び展示させて頂く事になりましたが、ちょうど同じ年の7月16日に、わたしの裁判の最高裁ハンケツが下りる事になったのも、何かのご縁を感じます。

新宿眼科画廊オンライン展示会は、勿論、まんこに限らず、他の作家さん達の、若々しいアイデアに満ちた、楽しくて可愛くてユニークな作品が展示されています。ぜひ、遊びにいらして下さい。

http://shinjyuku-online.com

日本に住みながら、日本人をあまり理解しようとはせず、自身の考える正しさを日本人に押し付けがちなバイエ・マクニールさんにお伝えしたいこと

黒人差別反対運動”Black Lives Matter”の勢いは、本国アメリカでは治るどころか、ますます強いうねりとなっている様です。先ほども、幼い黒人の子供が警察に催涙ガスをかけられた報道を観ましたが、3歳の息子を持つ親として、子供までが巻き込まれてしまう事に、悲しすぎて胸が痛みます。

日本でもBLMに賛同した人達が先週末にデモを行っていた様ですが、本国アメリカとは少し違って、決して快くは受け入れられない人達の声の方がちらほら散見されました。その理由は以前ブログにも書きましたし、今日も少し追記しようと思います。

さて、そんな日本人の無理解に不満を抱いたであろうこの方が、この様な記事を寄稿されました。

黒人記者が語る「抗議デモ」と「人種主義」 知らないうちに、死んでるのかもしれません | アメリカ – 東洋経済オンライン

バイエ・マクニールさん。氏は、以前もダウンタウンの浜田雅功さんがお笑い番組の中でエディ・マーフィーさんのモノマネでしていた黒塗りメイクを「差別だ」とし、批判のツイートをされていた方です。

氏の記事は、一部の欧米リベラルを支持する日本人以外にはかなり不評の様で、わたしのタイムラインでも批判の声が上がっておりました。

何が問題かと言えば、バイエさんは「テレビで警察署に火炎瓶を投げつけているアメリカ人を見る時、あなたがそこに見ているのは、ブチ切れてしまった時のあなた自身です。」と言い切り、BLMデモで怒った暴行や略奪や放火を間接的に擁護し(それだけならご本人の自由ですが)、これに賛同しない人(多くの日本人)はレイシストと同じであるかの様に述べている事です。

日本人は、当たり前ですがアメリカとは全く違う歴史を歩んで来ました。アメリカの様な、異なる人種の人々を大量に連れて来て奴隷として売買し、それを制度にまでして代々労働搾取させた歴史もありません。また、他国と違って警察に対する信頼度も高く、実際に日本の警視庁の捜査能力は有能です。

勿論、日本にも差別は厳然とあります。というよりむしろ、あらゆる世界の国々の人達は、肌色や見た目に限らず、生まれ育ちや宗教や思想の違いで誰かを差別する物だと思います。

ただ、日本の差別は、暴力行為よりも、「無視」や「侮蔑」や「村八分」という形を取りやすく、治安や秩序を何よりも大事に考えて物を大切にする為、抗議の為に火炎瓶を投げる様な行為は、多くの日本人にはどうしても理解しづらいと思います。

また、1970年代に盛んとなった学生デモでは、活動家たちが仲間をリンチ殺害しあったり人質をとって山荘に立てこもり、1990年代にはオウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした事で、反社会的な人達は「社会悪」というイメージが国民の中で決定的となりました。

ですから、「どんなに正しい事を言っている人でも秩序を乱すのはおかしい」と思う日本人が、ごく一般的ではないかと思います。

そもそも、まだコロナ禍が治っていない中で大規模デモに参加する事に疑問を感じる人の方が圧倒的だと思うので(だからこそ、コロナ禍でも、感染の危機に晒されながら、感染者数や死者数をどの国よりも抑えることができた特殊で独特な国の所以だと思います)。

この様に考える日本人の私と同じくらい、バイエさんにとってはバイエさんの欧米リベラル的な考えが「正しい」ものでしょうから、まずはお互いの「考え方の違い」を理解しなくては、歩み寄りは非常に難しいと思います。

実はこの件を、ブリティッシュ(スコットランド人)の夫とも話したのですが、わたしは日本人的な考え方と欧米リベラル的な考え方の違いを簡単に説明しましたが、夫には「欧州やアメリカと言ってもいろんな人種がいるから一括りにしてはならない。日本人だけグループマインドの国だから、ちょっと違うよ」と言われました。

そこで一瞬納得しかけたのですが、「ん?待てよ?」と思ったのです。

というのも、話しているうちに、結局夫も「黒人差別は酷いものだから、多少の暴力や略奪は仕方ない」という典型的な欧米リベラルな考え方を、平和的なデモと犯罪は分けて考えるべきとするわたしにも押し付けがちだったからです(流石に、「BLMni賛同しない人はレイシスト」とは夫は言ってませんけど)。

欧米リベラルは、自分達は何からも自由であって、他者の多様性を尊重しましょう、と言いながら、時々物凄く押し付けがましく決めつけてくるし、答えや主張がみんな共通している様に感じるので、結局それも「欧米リベラルのグループマインド」に見えてくるから不思議です

繰り返しますが、わたしは、欧米リベラルの考えを否定してはいません。ただ、日本人であるわたしとは異なる、と言っているのです。その違いがわかると、「なんで理解ができないのだろう」とイライラする前に、「違うのだから理解できないのは仕方ない」と一旦諦め、「ならばどう伝え、共存して行くか」という方向に思考がシフトできるのです。

バイエさんの、ダウンタウン浜田さんの黒メイク批判についても、「こんなの欧米ではアウトだ!不愉快だ!」といきなり反発するのではなく、欧米の様な黒人差別はなかった日本で、肌色の違う黒人のモノマネをするのに黒くする事に疑問を感じてこなかった日本の芸能文化について多少は理解した上で、「それでも世界基準では、それは問題にあたるので、考えてみませんか?」という風に伝えていたら、少しは違っていたかもしれません。

バイエさんは日本滞在が16年もお有りの様ですし、やみくもに「火炎瓶を持って立ち上がる人の気持ちがわからないのか!」と言う前に、多少は日本人の考え方をご理解いただいければ、どの様に日本人に訴えて行くのが一番効果的かも自ずと見えてくるのではないでしょうか。

バイエさんに限らず、以前より、日本に住む外国人ジャーナリストが、一方的に日本を悪く言ったりバカにする記事をよく見かけて残念な気持ちになります。遠い東の異国に住む人達の事について楽しく書くよりも、面白おかしく笑ったり貶す方が、本国のニュースサイトではアクセス数が得られるのかもしれませんが、もしも本当に日本の事を心配したり気にかけてくださるのなら、思い込みだけで記事を書かず、日本の文化や歴史や、なぜ日本人はそう思うかをよくご理解して頂きたいものです。

わたし自身も、BLMについてや、その他の海外で起きる事件に対し、日本的な価値観で一方的に決めつけたり断罪しない様に十分気をつけ、自分と相手の違いを考えながら主張していきたいです。

ちなみに、わたしは、まんこのアートを作っていただけで逮捕され、約1ヶ月間警察に勾留されて自由を奪われた上に起訴されるという理不尽さを体験しましたが、人生で一番ブチ切れた相手に火炎瓶を投げるよりも、ブチ切れた相手には裁判で闘うし、ブチ切れた相手を作品にしたり、モチーフにしたおもちゃを買って息子と遊ぶ方が楽しいです。世の中には、そういう人もいるんですよ、バイエさん(^^)(この日はプレイモービルの警察署で遊んでます)

元ミスiDのアイドルの方にツイートを誤訳された事で、mixed race の人達への差別や、彼らにとっての「外国人」という言葉の重みを改めて考えた事など。

黒人殺人事件への抗議デモ”Black Lives Matter”に、わたしの意見をツイートすると、主に海外在住者の人達から理不尽な批判を受ける。というのは前回のブログに書きました。

繰り返しますが、わたしは、デモには賛成ですが、略奪や暴力行為などの犯罪には反対で、抗議目的のデモと略奪行為や放火など(犯罪)ははっきり分けて考えるべきだと思います。わたしのツイートを極端に解釈する人達のアカウントをざっと眺めたところ、英語のリプライだと、一見、英語圏の(日本人ではない人種で欧米人などの)外国人かな?と思いやすいのですが、彼らは英語が堪能な在外日本人か、ハーフジャパニーズのmixed raceか、日本人ではないが日本に住んだことがある日本文化に馴染みある人達だと気づきました。わたしは、たまに英語の勉強がてら、英文ツイートもするのですが、日本人ではない諸外国(欧米など)の人にはあまり絡まれません。それが英語であっても、彼らにとって、アジア人のわたしのツイートは特に興味がないのでしょう。

結局、わたしのツイートに関心を寄せるのは、英語が堪能な在外日本人かハーフジャパニーズのmixed raceか日本人ではないが日本に住んだことがあるなど日本文化に馴染みのある人達です。(日本人ではない人種で欧米人などの)外国人にとってはアジア人は関心が無いのでしょう。わたし自身、それは仕方のない事だと思います。いくら頑張ってもネイティブのようには話せず片言の英語なら、読む方も楽しくない。わたしも、英語や様々な言語の人のツイートを読もうとしたら、落ち着いて言語を理解せねばならず、気軽に見たいtwitterでは疲れてしまいますので、お互い様です。

その様な事を感じて、こう呟きました。

ところが、これを英語で間違った翻訳をして拡散する人が現れました。

わたしのツイートの「外国の人の意見にはさほど興味がない」という部分を、「わたしにうざい絡み方をしてくる在外日本人かハーフジャパニーズかバイリンガルのこと」だとされ、まるで「彼らは外国人だからわたしの知ったことか!」と言っているかの様に翻訳されたのです。事実は全く逆なのに。

こんな事を言われたら、自分を日本人だと思っているmixed raceの人達が怒りだすわけです。「そんなに興味がない」という部分も「I barely interested in」などにすべきなのに、わざと「I don’t care about」という非常にキツイ英文にされています。I don’t care とは、わたしの親戚の子が悪態をつくときによく使う言葉です。また、彼女はtwitterの日本語翻訳を参考にしたのでしょう。これだと細かいニュアンスがザックリ省略されることが多くてわたしは以前から疑問でした。

とにかく、わたしが言いたかったこととはまるで違う事を言われた上に、その誤訳を何の疑いもなく信じた人々に、次々と絡まれたのは、ショックでした。わたしの息子もハーフジャパニーズ、ハーフスコティッシュのmixed raceで、日本とアイルランド国籍を持っています。当然、息子は「日本人であり、アイルランド人です」。大切な我が子と同じ属性の人を、わたしが差別したりバカにするとしたら、どうかしています

My son is half Japanese and half Scottish. I never discriminate mixed race people you know.Twitter translate is just wrong. I know that mixed race people were deeply hurt by discrimination. 

そこでわたしもこの様に、英文で訂正のお願いを伝えたのですが、

本人は一切訂正することもなく、バカにされるだけでした。また、彼女のツイートに便乗した人にもわたしの夫の事まで誹謗中傷されました。嘘つきと、間違った事を謝らない人が大嫌いなわたしは、怒りで眠れませんでした。

ただ、時間が経つにつれ、少し気づいた事がありました。

この方は、日本で地下アイドルを目指していた愛美奈・デュジャンさんという方で、日本国籍ではないものの、日本に非常に馴染みのある方の様です。詳しい関係者によると、日本にいた時はmixed raceコミュニティにもいたそうなので、mixed raceのフォロワーさんが多いのもうなづけます。

黒人と同じく、アジア人も欧米では差別されます。また同じ日本人同士でも、mixed race  の日本人は日本で差別やいじめにあいます。愛美奈さんがなぜわたしに意地悪をしたかといえば、日本にいた時に「日本人のアイドルの様にしたいのに、見た目などによってあまりそう見てもらえない疎外感」が根底にあったからではないか?と思うと、彼女の苛立ちにも納得することはできます。なぜなら、日本人のアイドルといえば、日本人の9割を占める「アジア人の様な見た目を持つ人」が主流だからです。彼女の仲間や友達であるmixed raceの日本人もまた、「日本人なのに、日本人として見られない疎外感」を強く感じながら生きて来たのではないかと思います。

わたしが自分の息子と同じ属性の人を差別することなどないと、言わなくてもわかるはずだと思っていましたが、わたしはmixed raceではないですし、彼らが日本で受けた「異質な人扱い」への悲しみや怒りは、わたしには計り知れない物だったでしょう。子供時代に日本とアメリカのmixed race の子がいましたが、やっぱりいじめられていました。日本はアジア人の特徴を持つ見た目の人が9割なので、見た目や肌色の違いを個性とは受け取られづらく、目立つ人は、残念ながら日本ではいじめられやすいです。おまけにまんこで逮捕された女の息子です。だから、子育てするなら様々な人種がクラスにいるのが当たり前なアイルランドの方が、わたしも正直、安心です。この様に、日本では安心して息子を育てられないと思ってしまうほど、mixed raceの人へのいじめや差別が厳然とあるのです。

ただそれも、黒人差別は良くない!と言いながら、コロナでアジア人差別する人には無関心な欧米の人達みたいに、軽視されやすい差別なのではないか?と改めてわたしは気づきました。また、両親がともにアジア人顔の日本人から産まれて来たわたしにとって、何でもない「外国人」という言葉が、彼らにとっては非常にセンシティヴな言葉だったのだ、と今更ながら気づきました。

愛美奈さんも、彼女の誤訳をそのまま真に受けてわたしに嫌がらせしてきた人も、過去に「見て欲しい自分を見てもらえないこと」や「常に異国の人」扱いをされ、嫌な思いをしてきたからでは、と思うと、嫌がらせは絶対に良くない事ですが、愛美奈さんが憤りを誰かにぶつけたくなる気持ちも理解することができます。彼女のねっとりとした悪意を受けて、わたしも理不尽な怒りが移ってしまい、暴言を投げそうになりましたが、許す事にしました。

ただこの様に、悲しみや怒りは連鎖するのです。

残念ながら、差別とはわたしにもあなたにも、誰の心にもある物だから、差別を根絶する事はできないと思います。それでも、悲しみや怒りの連鎖は止めたいです。綺麗事ではなく、わたしの息子と同じ様に、彼女が幸せになる事を願います。

最後に、ミスiD2016時代の彼女の動画を載せておきます。楽しそうにお喋りする姿がとても可愛らしい方です。この時の愛美奈さんの笑顔を、世界のアイドルとして、また日本でも見られることが来るのを、わたしは願って止みません。

I wish you all the happiness.Xxx

*追記;この件をtogetterまとめられましたので、掲載します。日本語が異なる意味で世界に伝わってしまう恐怖。~ろくでなし子さんの場合~ – Togetter 

黒人殺人事件への抗議デモに対する日本的な考え方と海外の人の考え方の違いについて。そして改めて言いたいこと。

世界的にもコロナウィルス新規感染者が減少傾向の中、アメリカでは、警官の黒人差別により命を落とされた男性に対する抗議のデモ”Black Lives Matter”が盛んとなって、その火種が世界中に波及しています。黒人差別に人々が立ち上がるのは当然の事ですが、暴動が過激になり、ナイキやアップルストア等のお店を襲撃したり、建物や車に放火する人達まで出ています。トランプ大統領は、その様な行為はANTIFAを名乗る反体制運動家達が主導しているとして、彼らをテロリスト認定しました。

しかし、それら犯罪行為はトランプ支持の白人至上主義者がなりすましているor扇動している、という説もあり、一体何が真実なのか、アメリカから遠く離れた場所に住むわたしには、よく分かりません。

ANTIFAを名乗るtwitterアカウントが白人至上主義者のなりすましだった事がtwitter社の調査で明らかにはなったものの、フォロワーがわずか数百人のアカウントの為、そんなアカウントがそこまで影響力があったのか、少々疑問です。また、実際にお店を襲撃している人達の映像を見ていても、白人も有色人種の人も、人種を問わず物を破壊し商品を盗んでいる様子です。また数年前より、日本でANTIFAを名乗る人達から、単なる意見の違いなだけで、わたしはレイシスト呼ばわりされたり嫌がらせを散々受けたので、ANTIFAに良いイメージが正直ありません。

それと、わたしは人種差別には当然反対ではありますが、ダブリンの自宅がアメリカ大使館の近くですし、もしもマンがいち、黒人差別の名の元に、自宅近くに火を放たれたり襲撃されたらとても恐ろしいです。

デモには賛成ですが、略奪や暴力行為などの犯罪には反対です

しかし、それを言うと、「黒人差別はそんな小さな犯罪などより重要だ!」「正義の為なら小さな犠牲は仕方ないんだ!」と怒る人や、わたしを「差別主義者!」と決めつける人達(特に英語圏の人や、海外在住の日本人)までいて、twitter で攻撃してくるのです。繰り返しますが、

①人種差別で黒人が公権力に殺されたことは重大な問題だから、デモに賛成。

②わたし含め、第三者の財産や生命が不当に危険に曝される状況には反対。

わたしには①と②の2つの考えが共存できるのですが、なぜかこれが理解できない人達が多く、①を言っているにも関わらず、②を言うと攻撃されるのが凄く理不尽でした。

なぜ彼らはそう極端なのか?

この疑問が、友人との話をきっかけに、少し見えて来たので、わたしの考えを述べたいと思います。端的にいうと、日本と海外のデモの歴史や文化やその認識のされ方の違い、治安や警察に倒する信頼度の違いではないかと思いました。

例えば日本では、1970年代に学生運動が盛んになりましたが、過激に先鋭化した運動家達が山に篭ってリンチ殺人しあい、人質をとって山荘に立て篭り、社会的な悪の象徴になりました。1990年代はオウム真理教が地下鉄サリン事件を起こし、「反社会的な人達は過激化すると恐ろしい」というイメージがより強くなったと思います。加えて、日本はとても治安がよくて、デモで掠奪されたり放火される事が、他国より非日常的すぎるのだと思います。

2年前にも、デモではなくて、ハロウィンで渋谷に集まった若者達が大騒ぎをしましたが、治安がよろしくない海外なら日常的すぎて逮捕もされないでしょうが、日本では実名公表で見せしめのように逮捕されました。群衆の中で軽トラックを倒したというたったそれだけの事で、まだ若い彼らは、残念ながら、まともに就職もできないでしょうから、社会的に抹殺されたも同然です。しかし日本人は何よりも治安を大事に考える為、もしもデモで略奪や放火などがあれば、それをした方が社会的に制裁を受けるのです。

また、他国では警察とマフィアがズブズブだったり、通報しても助けてくれないとか、捜査もしないとか、警察が腐敗していて信頼度に欠ける面があるのに対し、日本の警視庁は(まんこアートした女はなぜか逮捕はしても)あからさまな腐敗やギャングとの癒着もなく、捜査能力が高く、庶民からの信頼が基本的に高いのも関係してそうです。

70年代の学生運動の失敗や、オウム真理教のテロ行為という負の歴史が根深くありつつ、日頃から治安が良くて警察への信頼も厚く、子供の頃から「他人様に迷惑をかけてはならない」と教えこまれ、掠奪や放火が起きたと聞けば恐ろしい人達だと認識しやすい日本人と、治安が良いとは言えずデモが頻繁な文化の国では、やっぱりデモに対する考え方の前提が違うのではないかと思います。

追記になりますが、米国に住んでいた知人の方の話で気づいた事を書きます。彼女がトイレにお気に入りのポーチを置き忘れて1分も経たない間に盗まれて、それを教師に伝えたところ、「盗む人にも事情がある。あなたも大事な物なら自衛をしっかりしなさい」と逆に説教されたそうです。また、強盗にあって警察を呼んでも、形式で調書はとっても「多分、犯人は捕まらないし、盗品も返ってこない」と言われるそうなのです。米国では、「犯罪する側にも貧困などの様々な事情があるし、被害者にも自衛の責任がある」という考え方の様です。

日本人は「どんなに事情があっても罪は罪」だし、「他人様に迷惑をかけてはならない」し、「犯罪者は悪」という認識が強い為、この米国的な考え方を理解するのは難しいでしょう。

とはいえ、何で彼らはそう思うのかが分からなかった頃よりも、違和感や不快さはなくなりました。「犯罪に対する考え方の違い」なのだから仕方ないと思えますし、だからこそ、どちらが民度が高いとか低いと比べる話でもない事は自明です。

それら違いを踏まえた上で、わたしは改めて、人種差別で黒人が公権力に殺されたことは重大な問題なので、デモには賛成ですが、わたし含め、第三者の財産や生命が不当に危険に曝される状況には反対です。だって、自分のお店や住居が襲撃されたら嫌ですし、それを「小さな犠牲は仕方ないんだ」とか言われたら、今度はそう言った人達やデモをする人達に対してわたしは怒りが芽生えると思います。黒人差別に比べたらどんなに些細なことであっても、誰かが傷付いたり損害を被るのはおかしいし、それがまた新たな憎悪となり、争いや差別はなくなりません。不毛な怒りの連鎖は断ち切るべきです

抗議目的のデモと、略奪行為や放火など(犯罪)は、はっきり分けて考えるべきではないでしょうか。

Black Lives Matterでは、アメリカの国旗を車にひかせるようなデモ行為もありましたが、わたしは、やはり、何かを汚したり踏んづけたり破壊したり焼いたりする表現は苦手だし、好きではありません。表現の自由だから一切止めませんが、わたしは自分の作品でも、憎い相手の警察も、可愛く楽しく表現したいです。

差別は誰の心にもある物なので、根絶は難しいと思いますが、少しでもそれらが減り、世界中の全ての人が平和に楽しく幸せに暮らせる事を願います。

7月16日15時、遂にまんこアート裁判の最高裁ハンケツが言い渡される事になりました。

先程、弁護団から聞きましたが、7月16日15時、遂に、最高裁ハンケツを言い渡される事になりました。
直前までお楽しみにと思ってましたが、すでにメディアが報道してるので、ご報告いたします。

報道では、有罪濃厚と言われてますけど、もしそうでも、ひとつの区切りですので、わたしは法廷に出向くつもりです。

2014年の逮捕から、6年も経ちましたが、この事件のお陰で、わたしは精神的に鍛えられた上に、良き弁護団に恵まれ、支援者の方々に支えて頂き、まさかの良い出会いもあり結婚&かわいい息子まで授かり、お釣りが来ても良いぐらい幸せでした。
この場を借りて、お礼を述べます。
警察、ありがとう❣️
もう刑事被告人じゃなくなるのが、正直、寂しいです…( ;∀;)

それにしても、最高裁の待合室なんてなかなか入れないと言われたので、今から楽しみです。
折角ですので、ろくでもない記念グッズなど作って支援者の方に配ろうかなと考えてます。
遊びに来てください!(最高裁って一般の方が入れるのか知らんけど)

それでもわたしがフェミニストを名乗り続ける理由 (「#私たちのフェミニズム」を何がなんでもみんなで語らせようとしない閉塞したフェミニスト達に思う事オマケ)

昨日のブログでは、ハフポストでの髙崎順子さんとひろゆきさんの対談コラムの炎上について、思うところを書きました。
わたしは、多くのフェミニスト達が怒る理由について、ひろゆきさんが「女は男より生きやすい」と受け止めているところにのみ焦点を当て過ぎましたが、彼らの怒りはそこだけではない事と、またそれについては、わたしが以前からフェミニストを名乗る事にこだわり続ける理由にも関わってくる為、丁度いい機会なのでオマケとして追記したいと思います。

さて、ひろゆきさんはコラムの中で、要約すると以下の様に語っておられました。

“問題なのは、フェミニストには、「男女平等がいいよね、同じようにしたいよね」という平等主義者と、「女性の権利を増やしたい、そのために男性の権利を制限したとしてもいい」という差別主義者が両方いて、なのに同じ「フェミニスト」を名乗る為、二つがごちゃ混ぜになる、だから切り分けるか、どちら側も「フェミニズム」「フェミニスト」という言葉を使わずに「違うものだ」と言った方が、世の中に理解されやすいのでは?”

この考えにも猛反発する人達がいて、昨日からひろゆきさんの事を「sexist」だと決め付ける意味不明な人までいます。
わたしは、ひろゆきさんの、『フェミニズムやフェミニストという言葉を使わない方が良い』という結論には反対ですが、それ以外の事はほぼ事実なので同意します。
これにお怒りの人達は、自分達が差別主義者だという自覚があったのでしょう、実に素直な人達だと思いました。(彼らは、胸の大きな女性漫画キャラクター「宇崎ちゃん」を起用した献血ポスターが炎上した件について、ひろゆきさんの『「私が気持ち悪くない程度」という主観になってしまっている人が多い』という意見にも強い抵抗を感じている様です。)

実際フェミニストの中には、大雑把に分けると「男女平等を唱えるなら、女性と同じく男性の権利も対等に尊重しようとする人」と、「女性の権利を最優先し、男性や性的なものを嫌悪する人」がいて、主に後者は萌え絵や性的な表現物の規制を主張しています。
Twitterでは、数年前から後者の声の方が大きく、男女平等派のフェミニストで表現の自由を唱える人(わたし)の声はかき消されがちです。彼らの中には、男性の権利に言及しただけで「名誉男性」「ちんぽよしよし」などと罵る者もいます。
そして「フェミニスト」と言えば、残念ながら、共感や賛同以外は求めない男性嫌悪者達の拒絶と攻撃スタイルによって、かなり悪いイメージになってしまっています。

そんな中でフェミニストを名乗るメリットは、正直、全くありません。事実、わたしは長らく表現規制派と勘違いされ、表現の自由を主張する人達から「クソフェミ」と罵られて来ましたし、そうではない人達からも、「フェミ怖い」と言われ続けています。

フェミニストを名乗っていても良い事が無いから辞めよう。
そう何度も思いかけました。だけどこれ、わたしのアートのテーマである「まんこ」と同じなんですよね。
「まんこ」には、嫌らしい、汚らわしい、卑猥なイメージが染み付いてしまっていますが、わたしはそのイメージを覆す為、まんこを楽しくて、面白くて、笑える作品に変えて来ました。
過去には、まんこという名前そのものが悪いイメージだから新しい名前に変えようとする動きもあり、埼玉県の教育委員会は「おぱんぽん」、フェミニストの北沢杏子さんが「われめちゃん」と名付けたりしましたが、いずれも定着しませんでした。
名前を変えても定着しないなら、わたし一人でも言い続ける事で「こんな面白いまんこも有るんだ」と分かってもらえる様、地道にやるしか無いと思ったから、ここまで「まんこ」にこだわって来たのです。

「フェミニスト」も、その名前を捨てようと思えば簡単ですが、まんこ(女性の身体)の自由を語る時、わたしにはフェミニズムと分けて考える事はどうしてもできない。結局フェミニズムが関わって来るのです。
だったら、わたしの様なフェミニストもいたって良いし、その為にも地道に自称し続けるしかありません。
「お前なんかフェミじゃない」と男性嫌悪者のフェミニストからも言われる事もありますが、自分で名乗る以上、誰にとやかく言われる筋合いがあるのでしょう(だからわたしは、彼らも自分達をフェミニストと自称している以上、否定したくないのです)。

これがわたしがフェミニストを名乗り続ける理由です。

*髙崎さんとひろゆきさんの対談コラム後編がアップされました。そちらについても感想ブログを書きましたので、よろしければご覧ください。

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胸の大きな女性を起用した広告を「性的だ」と批判するフェミニストを称する人達は、「ふしだら憲兵」に名前を変えていただきたい

それは、昨年の日本帰省事、大好きな岩井志麻子先生や、人気ライターの中川淳一郎さんなど、仲良くして下さるいつものお友達でお食事していた時の事。
その後もご予定があって途中退座しなければならない中川さんが、お金を多めに置いて行かれようとされました。その金額は、皆で割り勘にしても中川さんが払いすぎな額の為、当然他の皆はお返ししようとしましたが、気前の良い中川さんも絶対に譲らない。
そんな時、とっさにクリ出たしまんこ先生の行動が、実に艶やかでした。
「見てください!」と、いきなり上着をめくり、右側の胸を中川さんに見せるしまんこ先生。
更に、左側の胸も出し、「これ、一つ5000円ってことで、両方合わせて1万円ってことで!」

中川さんに対し、せめて何かでお礼をしたい気持ちが「おっぱい」と言う、しまんこ先生ならではのユニークさで、気まずかったその場は大笑いの渦と化し、中川さんも気持ちよく(?)お帰りになる事ができました。
なんならわたしも、「追加オプションです!」と言って、まんこをお見せしようかと思いかけましたが、流石に冗談の度が過ぎますしお店にも大迷惑になります。やはり「おっぱい」のほどほどさが丁度良く、しまんこ先生は流石だなぁと感動した出来事でした。
(このエピソードは中川さんも記事にされています。岩井志麻子氏『5時に夢中!』発言の裏側 当事者の思いは?|NEWSポストセブン)

なぜその話を思い出したかと言いますと、最近、茜さやさんという胸の大きなモデルさんのフリー素材を起用した転職広告サイトが「転職とは関係なくて不適切だ!」と、なぜかまたしてもフェミニストを称する人達がtwitterで大騒ぎしているからです。
女の「おっぱい」は、差し出す人によっては上記の様な面白エピソードにもなれば、「性的だ!」と怒られる恐ろしいモノになるのです。しかも、問題の広告画像の茜さんは着衣で、裸にもなっていません。ただ「胸がデカい」という、女性によってはごく自然な事で騒がれているのです。

批判者達の怒りは、「転職と関係ない女性の胸を強調して客を釣ろうとしている」にとどまらず、「売れてるタレントならこんな仕事はしない、このモデルは大きな仕事はもらえないはず」「やらかした」などと、茜さん本人に対して直接向けられました。
これでは、企業側も騒ぎを恐れ、今後広告で胸の大きな女性モデルの起用を避ける様になる。つまり、胸が大きな女性が職業差別にあったり、自身の体を恥じたり悪いものだと思わされる事になります。
フェミニストなら、そこは「女の胸がデカくて何が悪い!」と怒るべきところ
わたしは強い憤りと共に、非常に申し訳ない気持ちになりました。

茜さやさんご本人は、実に立派な方で、おかしな批判にも怯まず毅然と対応されている為、返ってこの機に好感度や人気が高まった様で、そこだけは幸いな事でした。
ただ、茜さんを擁護する人の中には、「彼女は単に胸が大きいとかではなくて、他の努力で頑張って来たのだ」と言う方もいましたけれど、わたしはこれにも少々疑問です。
顔が良い人やスタイルが良い人がそれらを誇示する様に、胸が大きい事をチャームポイントとしてアピールしたとして、一体何が悪いのでしょうか。
とにかく、多くの人は「性欲は悪い事」が前提で、「肉体は精神に劣る」と言う思い込みが強過ぎる様に感じます。人の見た目は努力だけでは絶対に得られないものなのに(もちろん、茜さんご自身が、「胸だけじゃない、努力でここまでやって来たのだ!」と仰るのなら別の話です)。

周知の通り、わたしはまんこのアートを作って日本の警察に「ワイセツだ」として逮捕されました。しかし、「わたしのまんこはわたしのもの」ですし、「わたしにとってはいやらしいものではありません」。
もちろん、多くの異性愛者の男性にとって、まんこは欲望の対象でしょう。しかし、それの何が悪いのでしょうか。性欲は人間に備わった自然な欲望です。本人の許可なく勝手に触ったり乱暴したなら犯罪ですが、内心でなら、誰でも何かを欲望する自由はあります。
ですから、「わたしのまんこはワイセツではないし、ワイセツで何が悪いのか!?」と警察と闘って来ました。

話を戻します。
茜さやさんの様な、胸の大きなモデルさんやその広告を非難するフェミニストを称する人達に、わたしは言いたい。
なぜあなた達は、警察がわたしにしたのと同じ事を女性にしようとするのか。
女性の体はその人のもの。他人が管理するものではありません。
人が誰かの体を見て興奮したり、それらを誘発する事がどうしても許せないなら、平等に男性アイドル、マッチョな韓流アイドル、男性タレントや俳優にも、仕事を降りていただきましょう。誰が幸せかわかりませんが。
それでも自説を曲げない方は「ふしだら憲兵」に名前を改めるべきで、フェミニストを名乗らないでいただきたい。

わたしは、フェミニストとして、おっぱいを持つ女性の一人として、しまんこ先生ほど突き抜けた笑い話に変える事はできなくても、それを皆が必要以上に怒ったり不安になったり怖がったりしない世界を強く望みます。

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今、フェミニズムに興味がある人全てに伝えたい。あなたの本音を自由に語ると「名誉男性」と攻撃されるなら、それはフェミニズムを盾にしたカルトです

将来は仕事でもフェミニストとして活躍したいと言っていた15歳の華のJK(本人自称)フェミニストのPさんが、嫌がらせによりTwitterから去ってしまいました。

Pさんはつい最近、フェミニストとの対談を希望する男性配信者達の企画に出演が決まり(後にその企画は無くなりました)話題となった人でした。
当初、多くの人達は「ミソジニストがJKをいじめたいだけだ」「音声が残って怖いよ」と、Pさんの出演を止めようと躍起になっていましたが、Pさん自ら出演を希望して名乗り出た事が分かると「ミソジニストに擦り寄る名誉男性」と、一部の過激なフェミニストがPさんをバッシングし始めました。(その騒動に関して思った事は過去ブログに書きましたので良かったらご覧ください

あらゆる方向から非難の声が上がる炎上は、おそらく初めての体験だったと思いますが、怯えて鍵をかけたり、あるいは逆上するわけでもなく、冷静かつ丁寧に対応していたPさんは、とても立派でした。
かく言うわたしも、何度も炎上体験しており、今では屁でもない事ですが、初めてそれを受けた時は動揺し、心の余裕もなく、自分も相手を傷つける言葉を投げ返してしまったものです。
ですから、わたしはフェミニストの一人として、立派なPさんを尊敬し、Pさんの今後の更なるご活躍を楽しみにしておりました。

ところが、そんなPさんへのトンチンカンな批判は止まず、一昨日ついに、フェミニストを名乗る匿名アカウント(ネカマと思われる)に身元を特定されそうになり、残念ながらTwitter を去りますと言い残し、Pさんのアカウントは見れなくなってしまいました。
Pさんは 「Twitterを辞めても現実世界で将来はフェミニストとして必ず活躍します」とツイートされていたのがせめてもの救いですが、たとえ直接の原因がネカマの嫌がらせであっても、仮にもフェミニストを名乗る者達がPさんを集中攻撃し、精神的に追い込み、結果的にネカマを呼び寄せ、Pさんを Twitter言論の場から追いやった事実は重く受け止めるべき事で、同じフェミニストとして、非常に情けなく、申し訳ない気持ちです。

Pさんを追い詰める様なフェミニストを称する人達には、わたしもよく「名誉男性」と言われ、揶揄されています。男性や男性の性欲を嫌悪し、萌え絵などを環境型セクハラと言い、表現の自由を認めない彼らにとって、「『男女平等』であるならば、男性の権利も当然尊重すべき」であり「表現の自由を強く主張」するわたしは許せない存在なのでしょう。Pさんもその様なターゲットの一人でした。
とにかく、彼らにとって気に入らない人は全て「名誉男性」で、彼らに従わない人間は敵であり、悪であり、仲間に分かる様に見せながら罪悪感を与えようとして来ます。それはカルトが信者の結びつきを強固にする手口とよく似ています。

とはいえ残念ながら、この手の人達はいなくならないでしょう。
わたしも多様な社会を目指す者として、自分とは相容れない意見の人達を排除すべきでないと思うし、本人がフェミニストだと言っている以上否定する訳にもいきません。
しかし、この様な人達のお揚げでフェミニズムがどんどん荒らされ、誤解され、本来の意味でのフェミニストまでが追い払われて行く事態には、わたしはもう我慢がなりません。

今、フェミニズムに興味を持った人全てに伝えたい事があります。
フェミニズムとは、男女の性差を超え、権利や選択の自由を増やそうという思想です。あなたがどんな考えを持ち、どんな発言をしても、言論の場においては自由なはずです。それなのに、「名誉男性」などと言い、あなたが本音を発信すると攻撃してくる人がいたら、それはフェミニズムを盾にしたカルトです。
一切、聞く耳を持つ必要はありません。

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