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SNSでのわたしらしい向き合い方02

まんにちは。デルタ株の脅威も収まり、第六波への不安はあるものの、ひとまず日本が平和を取り戻して来て嬉しい限りです。

デルタ株が猛威を奮っていた間、わたしは毎日早寝早起き、ラジオ体操、息子を保育園に送った後は3Dモデリングや語学の勉強、晩酌もしなくなり、まるで受験生の様な日々を過ごしておりました。

余計な雑音が入ってこない上に、好きな事をとことん探求できる物作りや勉強は、わたしの精神安定にとても良いことに気づきました。ただ、語学の勉強がてら現代アメリカのキャンパスで起きている対立や分断の流れを分析する本を読んでいるせいもあって、(日本の経済や文化はアメリカの後追いをして来ているので)未来には漠然と不安を感じる日々でした。

皆さんもご存知の様に、2017年以降、アメリカでは政治的な対立が激化し、キャンセルカルチャーが吹き荒れています。

人種差別や弱者への差別を無くそうという人々の善意はとても崇高です。しかしその善意が行きすぎてしまった人々が、右翼や保守系の論者や学者だけでなく、同じ左翼系の仲間にすら、些細なグループメールでの一言を悪く受け取り、辞職に追い込むだけでなく、集団で取り囲んで怪我をさせる暴力的な事件を多発させています。まるで60年代の連合赤軍の事件を彷彿とさせられます。

かつて、言論の自由といえばアメリカだと思っていたわたしですが、「対立するあなたの意見を聞きます、あなたも私の意見を聞いて下さい、そして新しい見識を見出しましょう」という弁証法の理論で対話をしようと持ちかけたある教授を、「白人至上主義の時代の概念」として抗議者が切り捨てた事例を見て、恐怖を感じました。

この怖い流れはスマホが誕生してSNSが発展したことで急速に拡大した様で、アメリカだけでなく、世界的に似たような傾向となっているのもうなづけます。

誰でも気軽に意見を述べられる反面、ちょっとでも不適切な発言をした人を集団で攻撃し、魔女狩りの様に追い詰める事が可能だからです。

アメリカの様になって欲しくない、という強い不安とは裏腹に、日本のTwiiterでも、右も左もフェミニストもアンチフェミニストも関係なく、毎日小競り合いや罵り合いが流れて来ます。カルト化したフェミニストは、気に入らない人物やアニメや表現物などに対し、アメリカの流れに追随して署名やオープンレターなどしています。わたしは酷い現実を見たくなくて、ますます引きこもっておりました。

ところが、どうもアメリカの視野狭窄で不寛容なキャンセルカルチャーを猿真似しても、日本ではアメリカみたいにうまくは行かない様なのです。

先日も、千葉県警がSNSで公開した交通ルール啓発動画に出演する女性Vチューバーの容姿について、全国フェミニスト議員連盟が「性的だ」と抗議して削除された問題がありましたが、フェミ議連に反発する人達の署名が立ち上がり、現在は7マン筆に達しています。https://www.change.org/p/全国フェミニスト議員連盟宛抗議と公開質問状

また、ある学者が鍵アカウントのSNSで行っていた発言の内容が女性差別的だとして炎上、某協会が声明を、そして抗議する研究者有志がオープンレターを出す事態となり、その学者は任期なしの准教授に内定するとの通知を受けていたのに昇格を取り消されました。これに対し、不当解雇として学者本人が大学機関に対し、准教授としての地位確認を求める訴訟を起こし、事態は思わぬ方向に向かっている様です。

これは日本の公務員資格が簡単に剥奪されない仕組みも影響している様ですが、言うことを聞かない相手に銃で脅したり家に火をつける人がいるアメリカとは違い、集団の和を乱し、行き過ぎた行為をする人達への強烈な違和感と排除の感覚(出る杭は打たれる)が、良くも悪くも影響したのではないかと感じます(これは一方で、新しい事や改革を起こそうとする人を押しとどめがちな日本人の悪い習性でもあるのですが)。

ただ、普通に考えれば大勢でよってたかって誰かを懲らしめ排除する行為は、ターゲットが自分になれば恐怖のいじめや魔女狩りでしかありません。誰かを撃つ人は自分もまた撃たれる覚悟でやっているのかといえばそうでもなく、最初は興奮して賛同していた人達が、「あの教授の辞職を即すためではなかった」と急に逃げ腰になっているのを見て、わたしはなんだか拍子抜けしてしまいました。

アメリカの影響を受けつつも、暴力的な一面への嫌悪で日本ではそれほど浸透しなかったBLM同様に、キャンセルカルチャーも日本ではそれほど興隆しないのでは?

そうなってほしいと思うわたし個ちんの願望でしかありません。でももう敵か味方かの対立や分断の流れには疲れました。

そして、先日の衆院選の結果も、わたしの気持ちを少しだけ明るくしてくれました。私は「対立よりも解決」を公約に打ち出した国民民主党に1票を投じました。最近の野党は与党の悪口ばかりで実際に日本の為に何をしているのかよくわかりませんでしたが、良い施策なら考えが違っても協力しようのスタンスの国民民主党に希望を託しました。国民民主党は予想以上に議席を増やし、こんな暗い時代にも関わらず、わたしは選挙で初めて喜びを感じました。

明るい兆しを感じて放置しかけていたTwitterで呟いてみたところ、単なる意見の違いだけで殴りかかってくる様な人は相変わらずいるものの、それよりも温かい言葉、楽しい言葉をかけてくれる人達が圧倒的に多いことに気づき、また嬉しい気持ちになりました。

どなたかが、悪口は悪口が好きな人のもとにやって来てその人を蝕む。と呟いていましたが、今までのわたしは確かに怒りの発散が快楽になっていたので、そういう人達を自ら寄せつけ未来を悲嘆しすぎていたのかもしれません。

よくも悪くも簡単には変わらないおかしな島国の日本。どんな国にも良い面、悪い面は必ずあります。人や物事もそうですが、わたしはなるべく、その物やひとが持っている良い面をフォーカスしたいし、考えは違っても、目的が同じなら協力し共存したい。そして対立や分断をこれ以上深めない様に、「日本らしい多様な社会」を考えながら生きていきたい。

そんな風に思ったので、記録がてら書いてみました。

なんだか真面目な話でオチがないので、最後にわたしが初期に作ったまんこの作品を添えてみます。戦争のていなのに、でもまんこの上じゃん…と人を脱力させたくて作りました。

Russian Artist Yulia Tsvetkova is facing about 6 years for her public Vagina Monologue in prison

Russian feminism artist Yulia Tsvetkova  is a political prisoner of Kremlin. Since the 5th of February 2019, she has been persecuted by the state. She is facing about 6 years for her public Vagina Monologue in prison. I was in a similar situation to her though I was in prison for only 1 month.  Please support her.

ロシア人アーティストYulia Tsvetkovaさん、こんなほのぼのかわいいまんこの絵を描いただけで、現在禁固6年の刑に処される裁判中です。 是非サポートお願いいたします。画像はサポートサイトより:

https://feminisms.co/tsvetkova/en

ドイツの Museum for Communication Berlin(ベルリン情報通信博物館)の COMIC SALON 展に新作の3D toyシリーズ等出展しています。

6月24日より、ドイツの Museum for Communication Berlin(ベルリン情報通信博物館)にて、COMIC SALON 展がはじまりました。まんこちゃんや新作の3D toyシリーズ等出展しています。こちらの展示会は7月から9月まで、その後はシュヴァルツェンバッハ・アン・デア・ザーレの美術館にて、2021年7月~2022年春まで開催予定です。

The date and place

  1. At the Museum für Kommunikation Berlin from July until September 2021 (the exact dates still need to be confirmed) https://www.mfk-berlin.de/
  2. At the Erika Fuchs Haus Schwarzenbach from October until spring 2022 (the exact dates still need to be confirmed)

Comic-Salon:インスタグラム https://instagram.com/comicsalon_er/

Museum for Communication Berlin(ベルリン情報通信博物館)https://mfk-berlin.de/en/museum/

#COMICSALON #vorbilderinnen

Museum for Communication Berlin(ベルリン情報通信博物館)とまんこちゃん
team Manko-chan の皆様

SNSへのわたしらしい向き合い方、今後の方針など

まんにちは。久しぶりに自分の心情を整理がてらブログを更新します。

最近、わたしはTwitterやFacebookで、政治的な発言はしなくなりました。

まんこのアートを本格的に始めてから、権力、集団、個人を問わず、わたしのやりたい事を阻むものや、時代の流れには、常に逆らい生きてきました。
SNSを始めた当初も、わたしは、皆が内心では思っていても言いづらいことをこそ、どんどん発信しようと思っていました。
何があっても、たとえ逮捕されても、クソ真面目に自分の思いを貫くことこそわたしの存在意義だと思うし、今でもその気持ちは変わりません。

ですが、この10年でSNSが急速に発展し、人々の価値観やスタイルも大きく変わり、
どんな人でも、有名無名を問わず、SNSで社会に対する自分の意見を発信することが簡単にできるようになりました。
別にわたしが矢面に立たずとも、わたしが思いつく程度の意見なら、他の方がもっと良い言葉で発信されています。
また、SNSでは特に、何か発言をすれば、意図せず誰かを不快にさせてしまいます。
そして攻撃的な人がやって来るので、こちらも不必要に心が疲れてしまいます。

SNSを通して気づいたのですが、わたしは、ある話題が炎上した際、例えば対立するAとBの意見があったとしたら、A、Bどちらの立場でも我が事の様に考えてしまい、はっきりと、「敵or味方」、「正義or悪」の対立項目として分けて捉えることができません。
仮に極右の人と極左の人が目の前にいたら、わたしはどちらの意見もつい面白いと思ってしまうし、思想信条を超えて仲良くできたらいいなと思ってしまいます。

しかし、昨今のSNSでは、特にアメリカのキャンセルカルチャーを見ていても、
何かについて意見を述べた時、少しでも不適切な事を言う人や、概ね賛同していても一部批判している人までも敵認定する極端な向きを強く感じます。
多様性を謳う現代において、「どちらにも偏らずに公平である」「自分とは違う考えの人の存在を受け流す」事は、リベラルやフェミニストを称する者として大事にすべき態度だとわたしは思うのですが、今、リベラルやフェミニストを称している文化人やその支持者達には、なぜかちょっと通じない様です。

最近の例では、ある電動車椅子活動家のJR乗車拒否騒動の際、わたしはやはり「どちら側の意見もわかる」ていで意見を述べましたが、「支持or反対」の、0か100でしか考えられない人はわたしが思っていたよりも多く、件の活動家の支持者、またその反支持者からも、攻撃的なリプライが来たり距離を置かれてしまいました。

わたしは自分にウソはつけない不器用な人間です。
この先も、SNSで何かの議論が湧き上がった際、やっぱり「どっちの立場や気持ちもなんかわかるなぁ」と思ってしまうでしょう。
そしてそんな思いをぼんやり投稿すれば、意図せず誰かを傷つけたり不快な思いにさせそうですし、その反感を攻撃的にわたしにぶつけてくる人達がいるのは目に浮かびます。

繰り返しますが、わたしは、権力、集団、個人を問わず、わたしのやりたい事を阻むものや、時代の流れには、常に逆らい生きてきました。
今はみんながSNSで言いたいことを言える時代ならばこそ、わたしはその時代の流れに逆らい、自分の意見は(仕事としてコメント依頼されたりイベント出演する時以外は)むしろ簡単に表明しない事に決めました。
そして、本来わたしがやるべき事である、まんこアートや人生勉強に励みたいと改めて思いました。

実はそう決めてから半月以上経ちましたが、SNSに前ほど時間を割かなくなった代わりに3Dモデリング作業や読書や英語の勉強時間が増え、攻撃的な言葉を浴びることもなくなり、毎日が快適になったので、わたしの判断は間違ってないと感じます。

そうは言っても、どうしても言いたくなることもたまにはあるでしょう。その時は、このブログに書くかもしれません。でもできるだけ、まんこの作品作りで気持ちを昇華していきたいと思います。

宜しくお願いいたします。

追伸:
まるで引退宣言みたいに湿っぽくなってしまいましたが、SNSは辞めませんし、くだらない事をぼやくツールという基本に立ち返って、今後もマイペースにまんこ言い張り続けます。
よろしくお願い申し上げます。

イベント情報: バースト・ジェネレーション BURST 公開会議 #05に出演します。

バースト・ジェネレーション BURST 公開会議 #05
無観客配信(視聴無料)@TABASA_asagaya
2021.5/26(水)  17:00 – 19:00
出演
ピスケン 
元BURST編集長
釣崎清隆 死体写真家
ケロッピー前田 @keroppymaeda 身体改造ジャーナリスト
ゲスト
ろくでなし子 @6d745 美術家

無観客配信となるそうですが、ご視聴は無料だそうです❣️

ライブ配信URL
https://youtu.be/cjVqmuljB7k

アーカイブ
https://www.youtube.com/channel/UCW3AzE0jXZh4fSEUTfhgQKA

※配信時間にライブで観る人はライブ配信URLで、配信後はアーカイブでも観れるようになります。

m(_ _)m

主に先日まで作品を展示して頂いた、京都の現代美術家・岡本光博さんのギャラリーKUNST ARTでの「美術ヴァギナ展」の話などをさせて頂く予定です。

気に入らない人を排除して心地良い意見の人だけの小さな箱に篭ろうとするリベラルを称する人達に思うこと。

まんにちは。ろくでなし子です。

7月の最高裁ハンケツで、晴れて自分のまんこで前科一犯者となるなど諸々ひと区切り出来てからは、コロナ禍の下で暇つぶしに買ったミシンで洋裁に明け暮れる、穏やかな毎日を過ごしております。

Twitterでも特につぶやきたい事もなく、3日に1着ペースで作るワンピースや子供服の画像を上げる以外は過去記事のbot化しておりましたが、最近、とあるツイートを目にして、久しぶりに首を突っ込んでしまいました。

タレントのつるの剛士さんが、ご自身のパクチー畑で泥棒被害に遭われた件をツイートしたところ、それが「外国人差別」だとされ、特に、元新潟県知事の米山隆一さんや、映画批評家の町山智浩さんが、つるのさんを激しく糾弾し、周りも巻き込み大きな騒動となっていました。

つるのさんは、野菜泥棒した人を義理の弟が捕まえたら「日本語わからない」の一点張りだった、と言っていて、主に被害を受けた怒りをツイートしたかったのだとわたしは思いますが、

怒っている人達は、外国人は泥棒だと決めつける差別だ!という主張のようです。

この件に対して、人の数だけ賛否両論意見があるのは当然のことで、わたしはつるのさん擁護をしたくてブログを書いている訳でもありません。そこは論点ではない事を先に言っておきます。

わたしが違和感を感じたのは、つるのさんが、町山さんの引用RTに対して「辛すぎて涙が出ます。あまりにも酷いです」と返したところ、町山さんが「これが被害者しぐさ」と返した時でした。

そこで、素直なわたしは思った事をそのままツイートしました。

”町山さんの「被害者しぐさ」発言。普段は「被害者に寄り添って」などと言っていた、あるフェミニストが、気に入らない人を「被害者ぶってる」と言っていたのを目の当たりにしたのを思い出します。結局、そういう人は被害者の事を真に考えていなくて、自分に都合がいいコマになるかどうかなんでしょう。”

これはわたしが昨今のフェミニストや反差別リベラルを称する人達にずっと感じていたモヤモヤでしたので、町山さんには失礼かもしれませんが、撤回するつもりはありません。

そしてその夜、わたしのこのツイートを、町山さん本人が引用RTされました。

同じ内容なのに、削除→引用RTを繰り返され、その都度こちらに通知が届く為、なんだか動揺されている様で、反論するのも気の毒になりました。

きっとtwitter依存症なのでしょう。お疲れの様なので、スマホを置いて落ち着かれてはどうかと、ご本人には@も飛ばさず、反論もせずにおりましたが、翌日、町山さんにはブロックされていました。

余程、目にしたくないツイートだったのかもしれません。

町山さんは文字通りお疲れの様ですし、ブロックをする自由は誰にでもあるので、仕方ないことです。

とはいえ、キレ芸が面白かった町山さんには、そっとブロックするのでなく、クソ味噌に罵倒してもらった方が、まだ面白かったな・・・そう思っていた矢先、なぜか、何も言及していないこの人にまでブロックされていた事にも気づき、流石に笑ってしまいました。

わたしは恨み節を言いたいのではありません。「プロのブロックされる人」と自称しているくらいなので慣れてますし、お好きになされば良いと思います。

そして、わたしは10年前から町山さんのTBSラジオでの映画批評を楽しく聴いていた者として、今後も、町山さんの映画批評は楽しみ続けたいと思います。

津田さんにも、今後津田さんのイベントを右翼系の人達が阻止しようとするなら、表現の自由を主張して支持する気持ちは一切変わりません。

それとこれとは別だからです。

わたしにも、「お前の事、応援してやってたのに!(or釈放署名してやったのに!etc)」と言う人がよくいますが、自分が勝手に他人に何かを期待して、なんか違うと裏切られたとキレる事こそ、おこがましいなぁとつくづく思います。

ただ、町山さんや津田さんを「リベラル」と呼ぶ事には、疑問の声を上げ続けようと、改めて思いました

リベラルとは、思想の右左関係なく、批判も受け流しあい、様々な主張の人達との共存を目指すものだと思うので、気にいらない人や異論者を排除して、賛同者だけの小さな箱に閉じこもる人達が自称するのはおかしな話です。

彼らや彼らの支持者達は「多様性」も主張しがちですが、彼らが真に目指しているのは、「自分と同じ事を考える人だけで統一した単一性の社会」では、としか思えません。

また、気に入らない人をどんどんブロックして「目の前から消す」ことが当たり前だと思う人達が勢力を持った時、わたしの様な人間は真っ先に粛清され、発言させなくされそうで、とても怖いです。

町山さんや津田さんのことを「リベラル」としてありがたがって取り上げるメディアも、良い加減にして欲しいものです。

twitterで起きた出来事や思いは記録にとどめていない限りはどんどん流れて行って消えてしまうので、なかった事にされない様に、拙ブログに書いておきます。

:追記 このブログに賛同して下さる方が多くて、それはありがたいのですが、そのついでに町山さんの出自をあげつらう人もいます。それは差別なので、わたしは一切同調いたしませんし、迷惑です。批判すべきは、生まれや性別属性など変えられないものではなく、その人の行動です。

31日発売、実話BUNKA超タブー 9月号 吉田豪さんの、人間国宝にてインタビュー受けました。

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「マンコで逮捕された以外は、ごく平凡な人間なんですよ。その辺にいるマンコで逮捕された人間です。」

男性週刊誌で、まんこが伏字になってないの、初めてかもしれません( ´ ▽ ` )

About the Supreme Court’s ruling:

To my supporters and related parties

Today, the Supreme Court ruled on my vagina art case.  The result was disappointing: my appeal was rejected.  I was found innocent in 2017 regarding the exhibition of my work, but I was convinced that the rest of the charges, for distribution of data, would also be transformed to “Innocent”.  So, I do not agree with the result.

This all began because I wondered “Why are female genitalia considered obscene and taboo?”, and in order to overturn its image, have been making cute, funny works.  During my trial I argued: “The female genitals that are part of my body should not be judged obscene.”  I have challenged the police and the judiciary who tried to deprive me of the freedom to express things with my body as a motif.

However the Supreme Court seems unable to escape from the old-fashioned value standard of “obscenity because it is a female genitalia”.

It is a strange thing that 3D data of my body is considered obscene while the deco-man, an art made from my body is not.  Although in advanced Western countries, regardless of gender, there is almost no arrest or detention for artistic expressions that use his/her genital as a motif, I think it is a very anachronistic judgment in 2020. I am sorry that the cooperation and efforts of the lawyers and supporters who have helped me so far have not been fully realized.

However, I still dare to call this judgment a “historical judgment.”

It is extremely rare for the Supreme Court to rule on Article 175 of the Penal Code.  In such a situation, although all my charges have not been acquitted, the appeals court confirmed that the deco-man’s work exhibition was acquitted.  Therefore my case should remain in the history of obscene trials in Japan.

Often the person who has been subject to arrest and trial may be defeated afterwards.  However I am full of freshness and motivation to create.  Before I was arrested twice in 2014, I was leading kind of a halfway life, but due to severe police interrogation in prison, my spirit and patience were greatly and paradoxically improved, and I realized the importance of freedom of expression. I was blessed with a good husband and child as a result of the coverage of my arrest spreading overseas.

When I made this experience into a cartoon “What is Obscenity? The Story of a Good for Nothing Artist and Her Pussy?”, English, French, and Spanish translations were published.  So I was able to show my works to the world. In addition, the Swiss director’s documentary film “#Female Pleasure”, which selected me as one of the “Five Women in the World” and documented my activities, won the Premio Zonta Club Locarno at the Locarno Film Festival 2018 and has been shown in many countries.

When I made a 3D printed vagina kayak, I myself didn’t have that skill and needed help.  I wanted to master it, so I started studying and as a result, I was able to acquire the skills of 3D technology before the age of 50. My new works will be on display until July 22 at “BURST Generation: Death and SEX” exhibition, which is being held at Shinjuku Ophthalmologist(Ganka) Gallery, so please come visit.

Although it was a misdemeanor only punishable by a fine, I was unreasonably detained in jail for a long time, so at first I had a grudge against the police.  But I am thankfult o them now for giving me an experience that I would not have had if I were living a normal life.  The reason I started to create my vagina art seriously was that I received a large amount of slanders and bashings on a certain internet bulletin board.   I have found that I really like to resist the unreasonable pressure of powers, organizations and groups that try to hold people down.  Doing this has become my life work.

So I will continue to work creatively and announce new works. Furthermore, in the process leading up to the Supreme Court’s decision, a lot of happiness came in. In that sense as well, I feel proud that this judgment is a “historical judgment.”

Therefore, as a small thank-you to all the supporters, I created 3D Manko-chan data. You can enjoy it by downloading from the following URL. Please accept my gift.  
https://bit.ly/2W9AD2K https://bit.ly/2W9AD2K (*Valid until August 15)