カテゴリー別アーカイブ: フェミニズム

男とか女とか右とか左とかオタクとかフェミとかいう属性には関係なく、「そういう人はそうなんだ」と改めて思った事など

前回のブログで、アメリカで活躍されるプラスサイズモデルの藤井美穂さんの、ラブライブ!キャラクターのスカート丈を修正した動画ツイートへの批判を書きました。
正直、藤井さんにはブロックされると思っていたら、予想に反して丁寧で真摯なお返事をいただき、twitter上で数回やり取りする事ができ、とても嬉しかったです。
藤井美穂さん、ありがとうございました

やり取りしても、やはりお互いの意見が変わる事はありませんでしたが、わたしにとっては意見の違いは特に重要ではない事を改めて実感しました。
藤井さんがご自身の身体を高らかに謳歌し表現する事で、他の女性に勇気や励みを与えるでしょうし、わたしも大いに励みを得ました。そんな素晴らしいご活動をいちフェミニストとして尊敬し応援したい気持ちは全く変わらないからです。
意見は違えど、ブロックや拒絶せず、お互いを尊重し意見交換すると言う、よく考えたら当たり前の話でも難しい現代SNSで、それができた事を嬉しく思い、殺伐としがちなtwitter上で心温まる出来事でした。

さて、今日はツイッター論客の青識亜論さんのツイキャスに呼んでいただき、久しぶりに生配信に参加させていただきましたが、まるで藤井さんとのやり取りのような嬉しい気持ちになれました。

テーマは、やはり最近のツイフェミ(わたしはふしだら憲兵と呼んでいます)についての雑感で、それについての意見や思いはフェミニストではない青識さんとなぜか意見がほぼ一致するわたしなので、特に荒れることのないトークだろうとは思っていましたが、予想以上に楽しい展開となりました。
配信中に、最近の過激なツイフェミ代表人物であるよもぎ団子さんも突然参加される事になったのです。

よもぎ氏は宇崎ちゃんの献血ポスター騒動時に「献血ボイコット」呼びかけなど軽率な発言の多い人でしたし、わたしにも批判的で、気付いたらブロックされていたので良い印象は全くありませんでした。
が、実際のよもぎ氏は、失礼ながらツイッターでのおかしな発言と違い口調も物静か。またツイキャスに参加する際の自己紹介時、その献血ボイコット発言に件について、誰も聞いてないのに謝罪されました。
自分が悪いと思った事を、自ら素直に謝れる人は立派だし誠実です。
一気によもぎ氏の好感度が上がりました。

なぜこんな誠実そうな人が他人をブロックするのか?

疑問に感じて思わず質問したところ、よもぎ氏曰く、わたしとのやり取りが嫌なのではなく、わたしがよもぎ氏への批判をツイートすると、わたしの意見の支持者の中でも過激な人達がよもぎ氏を攻撃してくるのが怖いからだそうです。非常に残念です。

「言いたい事を言えば、誰かに何か言われるのは当たり前」、わたしはそれにすっかり慣れてますが、そこまで耐性のない人が大量に批判を受けたら、確かに怖く感じるでしょう。
また、わたしの意見の支持者の中でも過激な人達がいるのは事実で、誰かをクズ、クソ、と罵倒するような人達には、わたしも以前から気になっていました。気づくものに対しては「いくら正論でも、相手を罵っては説得力がなくなって損ですよ。」と呼びかけてはいますが、もっと強く主張した方が良いかもしれないと意識を改めました。(わたし自身も、過去に菅野完氏に対して「クズ」「クソ」など言っていたことを反省しております)

とはいえ、この機会がなければ話す事すらなかったであろうよもぎ氏の真意を聞けて、わたしは非常に良かったです。
相手への印象が変わると、異論であっても聞く耳を持とうと思えるのも不思議な物です。
よもぎ団子さんも、わたしと同じ思いを感じられたのか、ツイキャス後にブロックを解除され、フォローしていただきました。よもぎ団子さん、ありがとうございます。
またこの場を設けてくださった青識亜論さん、ありがとうございます。

ところで、そんな感想をツイートしたところ、青識亜論さんとトークイベントをした石川さんが皆さんに好印象だったにもかかわらず、その後掌を返すように青識さんを罵ってブロックした事例を持ち出し、「(どうせ裏切られるのに)正直、ここまで学習能力がないとは思わなかった」「騙されやす過ぎ、ちょろい」などと言う人達がいました。
それだけでなく、「(何度も失言を繰り返すよもぎ氏を)擁護した事を軽蔑する、許せない」とまで言う人がいたのは流石に驚き、ある出来事を思い出しました。

わたしの逮捕騒動時、わたしの弁護団に「山口貴士というオタク弁護士は絶対入れるな」と某フェミニスト達に言われたものの、表現の自由やワイセツ案件で実績のある山口先生を外すことは考えられず、弁護団の一員になっていただいたのですが、それを機に、わたしは「裏切り者」としてフェミニスト界隈から実質追放されました。

よもぎ氏を「誠実な人だ」と評価して相互フォローになったわたしを「軽蔑する、許せない」と言う人の不寛容さは、気に入らない表現をつぶそうとし、対立者とは対話せず拒絶し、わたしを裏切り者と呼んだ某フェミニスト達の態度にそのまま当てはまるのではないでしょうか。
実は以前から思っていた事ですが、結局、男とか女とか右とか左とかオタクとかフェミとかいう属性には関係なく、「そういう人はそうなんだ」と言う事でしょう。これは大変興味深い事です。

冒頭でも言いましたが、意見が違うだけの人と普通に会話することが、今のSNSでは特に困難です。
しかし、多様性を謳うなら、そんなの当たり前の話にしていかなくてはなりません。
よもぎ団子さんとわたしが相互フォローになったからと言って、特に世界がが変わるわけではありませんし、相変わらず規制派は気に入らない表現を批判してなくそうとしてくるでしょうし、今後もますますよもぎ氏とは意見が食い違うと思います。
でも、それこそが「多様性」ではないでしょうか

氏は同じ失言を繰り返しているそうなので、「絶対に許すな」と、まるで犯罪者のように言う人もいますけど、それでも、わたしは自分の意志は変えませんし、「反対論者同士が拒絶ではなく共存することが大事」だと思います。そこから、お互いが不満に感じる事をどうすり合わせていくのか、冷静に話し合う壇上に登れるからです。
それに正直、敵対はもう疲れました。
どうしてもよもぎ氏を許せない人達には同調できませんから、「ろくでなし子は騙されやすくてちょろい」と思ってくださって結構です。

余談ですが、よもぎ氏が、「下ネタは大好き」だけど「まのつく3文字は恥ずかしくて言えない」と仰っていた事にも、なぜそう思うのか、いつか理由も伺ってみたいです。
なぜなら、まさにわたしがその疑問を持ってアートを作っているからです。
そして、よもぎ氏のようなツイフェミの皆さんが、「なぜまんこと言ったら恥ずかしいのか」、その根源的な理由を考える事から『「性的」とは何か』についての議論が始まるのでは、と思うのです。

dango01_c_03

髙崎順子さんとひろゆきさんのハフポスト対談コラムを「有毒」だと言う中部大学の玉田敦子教授にお伝えしたいこと

ハフポストでの、髙崎順子さんとひろゆきさんの対談コラムの炎上が続いている中、後編がUPされました。

これを読み、「前編よりもずっと良い」と言う人もいましたが、わたしは相変わらず前編の何が一体ダメなのか、さっぱりわかりません。だって、ひろゆきさんは質問に対して個人の意見を述べているだけですよね。むしろ、後編はやたら注釈が多く、ハフポスト編集部からもナゾの謝罪文があり、フェミニストの逆鱗に触れないよう、気を遣って慎重に慎重に書かれていて気色悪く感じました。
(よろしければ、わたしの前編ついての感想 と オマケも併せてお読みください)

フェミニズムへの思いを専門外の人が気軽に語ると、フェミニストに怒られる。
そしてメディアもそれに忖度する。
これでは、フェミニズムへの理解が深まらないのも当然です。
わたしはフェミニストの一人として、非常に情けなく思います。

怒って批判するにとどまらず、『一般の皆さんは読まなくていい』とし、コラムをまとめている髙崎さんに対して『後半(のコラム)で(髙崎さんがひろゆきさんを)論破されているならば、なるべく早く公開して解毒してほしい。有毒すぎる。』とTwitter上で要求するフェミニストの大学教授がいると知り、恐ろしくなりました。
中部大学の玉田敦子教授、この方のもとで学んでいる学生達の事を考えるとわたしは勝手に心配になって来ます。

思い出してほしいのですが、当コラムは、髙崎さんが『専門家でなくても、より身近な「私ごと」として、フェミニズムに触れられないだろうか』という趣旨でスタートした物です。なぜ、いちフェミニストの教授の意に沿わないだけで、有毒だと決めつけられ、相手を論破しないといけないのでしょうか?

髙崎さんは、これに対して丁寧に「有毒性とは何か具体的にご指摘を」と聞かれていましたが、玉田教授はこれに答えず「(ひろゆきさんという)相手を選んだご自身で責任をとられた方が良い」とのこと。DVモラハラの夫に責められた妻がどこが悪いのか尋ねると「自分で考えろ」と言う論法とそっくりで、わたしはますます怖くなりました。

わたしは同じフェミニストとして、フェミニストの学者である方がこの様な態度を取られている事を見るに耐えませんので、無駄とはわかっていても、玉田教授に以下の事をお伝えしようと思います。

今、フェミニストと言えば、一般人には「何か言えば攻撃してくるヤバい人達」というイメージになっています。異論反論を拒絶すればするほどヤバさ高まる一方です。これでは、フェミニストの意見や主張など、社会に通るはずもありません。
もしも教授が日本のフェミニズムの未来を真剣にお考えであるなら、どうかフェミニズムに無理解な人の話にこそ積極的に耳を傾けてください
わたしは「反論を受け入れ肯定しろ」とは言っていません。
世の中には、違う意見の人達がいる。それを知ることが大事なのです。
そして、教授が本当に教育者であるならば、違う意見の人も尊重し共存していくにはどうしたら良いかを、若い学生達と一緒に考えてほしいです。(丁度、髙崎さんも「フランスでは違う意見の相手を尊重しようと言う教育が徹底しており、日本でもその作業が必要ではないか」と当コラムで仰っています)

わたしの意見など、当然教授はガン無視されるでしょう。同じフェミニストからの反対意見であっても「聞かなければ、無かった事にできる」のです。
しかし、その様な態度こそ、「女子供の話なぞ聞かなくていい」と言って来た、我々フェミニストが敵対して来たはずの家父長と同じ態度ではないでしょうか。

つまり、今のフェミニズムに「有毒」なのは、玉田教授の様な閉塞的で不寛容な態度では無いでしょうか。

フェミニストを名乗る社会学者や人文学者の先生方には玉田教授のような思考の方が多く、もはや驚く事もなくなってきましたが、同じフェミニストであるわたしの思いを「無かった事」にはされたくありません。今まではTwitterでぶつくさ言っているだけでしたが、Twitterだと流れてしまってそれこそ「無かった事」になる。
ご本人には届かなくても、フェミニストの中にはこの様な考えの者が少なくともここに居る事を、一人でも多くの方が目に留めてくださる様、拙ブログに書き留めておきます。

*当該コラムに関するわたしの感想を書いた一連のブログ内で、髙崎順子さんの事を「高崎さん」と漢字を間違えて記述しておりました。お詫びいたします。

*こちらのブログに、玉田教授からご返信をいただきました。その件につきまして更新しました。併せてお読みください。


それでもわたしがフェミニストを名乗り続ける理由 (「#私たちのフェミニズム」を何がなんでもみんなで語らせようとしない閉塞したフェミニスト達に思う事オマケ)

昨日のブログでは、ハフポストでの髙崎順子さんとひろゆきさんの対談コラムの炎上について、思うところを書きました。
わたしは、多くのフェミニスト達が怒る理由について、ひろゆきさんが「女は男より生きやすい」と受け止めているところにのみ焦点を当て過ぎましたが、彼らの怒りはそこだけではない事と、またそれについては、わたしが以前からフェミニストを名乗る事にこだわり続ける理由にも関わってくる為、丁度いい機会なのでオマケとして追記したいと思います。

さて、ひろゆきさんはコラムの中で、要約すると以下の様に語っておられました。

“問題なのは、フェミニストには、「男女平等がいいよね、同じようにしたいよね」という平等主義者と、「女性の権利を増やしたい、そのために男性の権利を制限したとしてもいい」という差別主義者が両方いて、なのに同じ「フェミニスト」を名乗る為、二つがごちゃ混ぜになる、だから切り分けるか、どちら側も「フェミニズム」「フェミニスト」という言葉を使わずに「違うものだ」と言った方が、世の中に理解されやすいのでは?”

この考えにも猛反発する人達がいて、昨日からひろゆきさんの事を「sexist」だと決め付ける意味不明な人までいます。
わたしは、ひろゆきさんの、『フェミニズムやフェミニストという言葉を使わない方が良い』という結論には反対ですが、それ以外の事はほぼ事実なので同意します。
これにお怒りの人達は、自分達が差別主義者だという自覚があったのでしょう、実に素直な人達だと思いました。(彼らは、胸の大きな女性漫画キャラクター「宇崎ちゃん」を起用した献血ポスターが炎上した件について、ひろゆきさんの『「私が気持ち悪くない程度」という主観になってしまっている人が多い』という意見にも強い抵抗を感じている様です。)

実際フェミニストの中には、大雑把に分けると「男女平等を唱えるなら、女性と同じく男性の権利も対等に尊重しようとする人」と、「女性の権利を最優先し、男性や性的なものを嫌悪する人」がいて、主に後者は萌え絵や性的な表現物の規制を主張しています。
Twitterでは、数年前から後者の声の方が大きく、男女平等派のフェミニストで表現の自由を唱える人(わたし)の声はかき消されがちです。彼らの中には、男性の権利に言及しただけで「名誉男性」「ちんぽよしよし」などと罵る者もいます。
そして「フェミニスト」と言えば、残念ながら、共感や賛同以外は求めない男性嫌悪者達の拒絶と攻撃スタイルによって、かなり悪いイメージになってしまっています。

そんな中でフェミニストを名乗るメリットは、正直、全くありません。事実、わたしは長らく表現規制派と勘違いされ、表現の自由を主張する人達から「クソフェミ」と罵られて来ましたし、そうではない人達からも、「フェミ怖い」と言われ続けています。

フェミニストを名乗っていても良い事が無いから辞めよう。
そう何度も思いかけました。だけどこれ、わたしのアートのテーマである「まんこ」と同じなんですよね。
「まんこ」には、嫌らしい、汚らわしい、卑猥なイメージが染み付いてしまっていますが、わたしはそのイメージを覆す為、まんこを楽しくて、面白くて、笑える作品に変えて来ました。
過去には、まんこという名前そのものが悪いイメージだから新しい名前に変えようとする動きもあり、埼玉県の教育委員会は「おぱんぽん」、フェミニストの北沢杏子さんが「われめちゃん」と名付けたりしましたが、いずれも定着しませんでした。
名前を変えても定着しないなら、わたし一人でも言い続ける事で「こんな面白いまんこも有るんだ」と分かってもらえる様、地道にやるしか無いと思ったから、ここまで「まんこ」にこだわって来たのです。

「フェミニスト」も、その名前を捨てようと思えば簡単ですが、まんこ(女性の身体)の自由を語る時、わたしにはフェミニズムと分けて考える事はどうしてもできない。結局フェミニズムが関わって来るのです。
だったら、わたしの様なフェミニストもいたって良いし、その為にも地道に自称し続けるしかありません。
「お前なんかフェミじゃない」と男性嫌悪者のフェミニストからも言われる事もありますが、自分で名乗る以上、誰にとやかく言われる筋合いがあるのでしょう(だからわたしは、彼らも自分達をフェミニストと自称している以上、否定したくないのです)。

これがわたしがフェミニストを名乗り続ける理由です。

*髙崎さんとひろゆきさんの対談コラム後編がアップされました。そちらについても感想ブログを書きましたので、よろしければご覧ください。

IMG_3059

「#私たちのフェミニズム」を何がなんでもみんなで語らせようとしない閉塞したフェミニスト達に思う事

フェミニズムを扱う新しい企画の記事が、掲載初日から燃え上がっています。

#私たちのフェミニズム 」をみんなで語ろう。と言うタイトルの、その対談コラムは、ライターの髙崎順子さんが、『もっとフラットに「フェミニズム」を語る機会はないだろうか。専門家でなくても、より身近な「私ごと」として、この言葉に触れられないだろうか』と考え、そこで、『性別、年齢、立場を超えて、フェミニズムに対するそれぞれの語り手の思いをなるべくそのまま連ね』ようとする趣旨でスタートし、記念すべき第一回の対談者は、2ちゃんねるやニコニコ動画を立ち上げた西村博之(ひろゆき)さんでした。

おそらくお二人ともフランス在住の為会いやすかったのもあるかと思いますが、コラム趣旨通り、敢えてフェミニストの専門家ではない人であり、かつ、インターネットと言う情報社会で新しいコンテンツを生み出して来た第一人者であるひろゆき氏にフェミニズムについて意見を聞くのは、わたしは画期的だと思いました。なぜなら、SNSの発展で急速にフェミニストを名乗る人たちが増えた事からも、もはや個人の発言がネットとは切り離せなくなっていると思うからです。

ひろゆきさんは、ニュース記事の煽り文句にもある通り、『男女平等を実現したいのであれば、今の日本では「フェミニズム」って言葉を使わないほうがいい』と言う、フェミニストのわたしにとっては挑発的な意見で、そこについては個人的な思いがあるので賛同はしませんが、そう言う意見もあるのだと知れた事は良かったです。その他の内容についても、情報社会を見渡しているひろゆきさんの一意見として、フェミニストであるわたしは興味深く楽しく拝見しました。

しかし、このコラムが多くのフェミニストの逆鱗に触れたらしく、批判のツイートが沢山流れていました。「フェミニズムは男性に理解してもらわないと広まらないとか(中略)うんざりなんだよ。(中略)そんな交渉のテーブルにはつかないよ」と激しく拒絶するフェミニストのツイートに、何千件もイイネがつく程で、わたしは呆気に取られてしまいました。

怒っている人達は、ひろゆきさんの『僕は専業主婦の家庭で育っていて、「女の人が働かない」ことがいかにラクか見えていました』
『女性は顔がある程度かわいければ、そこそこまともな結婚ができて一生食いっぱぐれない。けど男性はイケメンでも二十歳過ぎたら仕事ができないと行き詰まる 』
と言う発言に主にお怒りの様です。

これらは単にひろゆきさんの私見であり、ひろゆきさん個人の目に写った世界です。が、中にはたったこれだけのことで「ミソジニー(女性嫌悪)だ!」と怒り狂う人もいて、毎度のことですが、なぜそうあなた達は湯沸かし器より沸騰しやすいのか、とため息をついてしまいます。一部のフェミニスト(今やネットではかなり多数派かも知れません)が、「女は男より生きづらい」とし、少しでもそうでない事を言う人を攻撃する姿をTwitterではよく見て来たので、同じフェミニストとしてわたしこそ「うんざり」する思いです。

わたしは、「男と女、どちらが生きやすいか?」と聞かれたら、「どちらにもそれぞれ違う種類の辛さと楽しみがある」としか言えませんし、「性別は関係なく、年齢やその時の状況によって意識も変わるもの」だと思います。
わたし自身、若い頃は若いだけでチヤホヤされ、就職しなくても誰にもとやかく言われず、当時は「女ってラクだな」と感じていましたが、年を重ねるごとに、BBAと呼ばれて急に低い扱いを受けたり、嫌がらせやセクハラも増え、特に低収入のフリーランスで独身時は新居を探すのも大変で、「女って生きづらい」と感じる様になりました。
さらにその後、結婚して専業主婦になったら、また意識が変わったのです。
今までの様に必死で働かなくても暖かい家でご飯を食べられ、家の中で創作活動や好きなことをしながら家族と過ごせるのは、わたしにとってとても幸せな事です。同じことを男性がしていたら、「男なのになんで働かないで家にいるの?」という世間様の圧力を感じたかもしれません。丁度今はひろゆきさんの思い出の中のお母さんと同じ立場かもしれません。
この先、もしかしたらまた状況が変わって「女って生きづらい」と思うかもしれません。結局、性別と言うよりも、個人の状況や価値観次第で変わるものなのです。

勿論、専業主婦と一口に言っても、夫が妻に協力的ではないとか、お金を入れないなど経済的に苦しめたり、言葉の暴力、実際の暴力をふるう場合もあるかもしれませんし、みんなが全てわたしの様に幸せを感じているなどとは思っておりません。経済的には自立していませんから、そこに強い不安を感じる人もいるでしょう。
ですが、現に、わたし自身は幸せで、「女であるラクさ」も感じるのは嘘ではなく、「ラクそう」に見られることの、何が一体ダメなのか、さっぱり分かりません。
女性の権利拡張や自由を目指すフェミニストなら、「生きやすい」と感じる女性が増える事こそ望むべきなのに、意味不明
です。

改めて、この対談コラムはフェミニズムの専門家ではない人達にも広く語り合える場にする事を趣旨としているので、対談相手を全く間違えてはいませんし、1話1話で必ず良い結論を出す義務もありませんから、髙崎さんに「ああしろこうしろ」と完璧さを求めるのも筋違いでしょう。
わたしは今後も、もっともっと、なんならフェミニストから嫌われているような人との対談をやって欲しいと思い、楽しみにしております。
なぜなら、わたしは、女性の権利や自由について改善したいなら、人口の半分が男性である以上、男性にも話を聞いてフェミニズムへの理解を深めるべきだと思うからです。

しかし、ほとんどのフェミニストの人達は、あいも変わらず共感や賛同しか求めず、異論や反論は拒絶していくスタイルです。わたし自身、同じフェミニストを名乗る人達から文字通り「ブロックで拒絶」されている有様です。フェミニストが頑固で偏屈で怖い人達のイメージに根付いてしまったら、結局「あの人達には触れないでおこう」と誰も相手にしないタブーな存在となり、ますます先鋭化してヤバイ人達になっていくでしょう(もう十分そうなっているみたいですが)
わたしは、フェミニストの一人として、今のフェミニストが自分達を客観視できなくなっている状況を強く危惧します。
そして、この対談コラムについても、媒体であるハフポストさんが、多くのお怒りのフェミニスト達に忖度して今後の対談相手をフェミニストが気に入りそうな相手に偏らせたり、あるいは連載自体を早々に終了する事がない様、強く望みます

(こちらで書き足りなかった話を更新しました→ それでもわたしがフェミニストを名乗り続ける理由 (「#私たちのフェミニズム」を何がなんでもみんなで語らせようとしない閉塞したフェミニスト達に思う事オマケ

胸の大きな女性を起用した広告を「性的だ」と批判するフェミニストを称する人達は、「ふしだら憲兵」に名前を変えていただきたい

それは、昨年の日本帰省事、大好きな岩井志麻子先生や、人気ライターの中川淳一郎さんなど、仲良くして下さるいつものお友達でお食事していた時の事。
その後もご予定があって途中退座しなければならない中川さんが、お金を多めに置いて行かれようとされました。その金額は、皆で割り勘にしても中川さんが払いすぎな額の為、当然他の皆はお返ししようとしましたが、気前の良い中川さんも絶対に譲らない。
そんな時、とっさにクリ出たしまんこ先生の行動が、実に艶やかでした。
「見てください!」と、いきなり上着をめくり、右側の胸を中川さんに見せるしまんこ先生。
更に、左側の胸も出し、「これ、一つ5000円ってことで、両方合わせて1万円ってことで!」

中川さんに対し、せめて何かでお礼をしたい気持ちが「おっぱい」と言う、しまんこ先生ならではのユニークさで、気まずかったその場は大笑いの渦と化し、中川さんも気持ちよく(?)お帰りになる事ができました。
なんならわたしも、「追加オプションです!」と言って、まんこをお見せしようかと思いかけましたが、流石に冗談の度が過ぎますしお店にも大迷惑になります。やはり「おっぱい」のほどほどさが丁度良く、しまんこ先生は流石だなぁと感動した出来事でした。
(このエピソードは中川さんも記事にされています。岩井志麻子氏『5時に夢中!』発言の裏側 当事者の思いは?|NEWSポストセブン)

なぜその話を思い出したかと言いますと、最近、茜さやさんという胸の大きなモデルさんのフリー素材を起用した転職広告サイトが「転職とは関係なくて不適切だ!」と、なぜかまたしてもフェミニストを称する人達がtwitterで大騒ぎしているからです。
女の「おっぱい」は、差し出す人によっては上記の様な面白エピソードにもなれば、「性的だ!」と怒られる恐ろしいモノになるのです。しかも、問題の広告画像の茜さんは着衣で、裸にもなっていません。ただ「胸がデカい」という、女性によってはごく自然な事で騒がれているのです。

批判者達の怒りは、「転職と関係ない女性の胸を強調して客を釣ろうとしている」にとどまらず、「売れてるタレントならこんな仕事はしない、このモデルは大きな仕事はもらえないはず」「やらかした」などと、茜さん本人に対して直接向けられました。
これでは、企業側も騒ぎを恐れ、今後広告で胸の大きな女性モデルの起用を避ける様になる。つまり、胸が大きな女性が職業差別にあったり、自身の体を恥じたり悪いものだと思わされる事になります。
フェミニストなら、そこは「女の胸がデカくて何が悪い!」と怒るべきところ
わたしは強い憤りと共に、非常に申し訳ない気持ちになりました。

茜さやさんご本人は、実に立派な方で、おかしな批判にも怯まず毅然と対応されている為、返ってこの機に好感度や人気が高まった様で、そこだけは幸いな事でした。
ただ、茜さんを擁護する人の中には、「彼女は単に胸が大きいとかではなくて、他の努力で頑張って来たのだ」と言う方もいましたけれど、わたしはこれにも少々疑問です。
顔が良い人やスタイルが良い人がそれらを誇示する様に、胸が大きい事をチャームポイントとしてアピールしたとして、一体何が悪いのでしょうか。
とにかく、多くの人は「性欲は悪い事」が前提で、「肉体は精神に劣る」と言う思い込みが強過ぎる様に感じます。人の見た目は努力だけでは絶対に得られないものなのに(もちろん、茜さんご自身が、「胸だけじゃない、努力でここまでやって来たのだ!」と仰るのなら別の話です)。

周知の通り、わたしはまんこのアートを作って日本の警察に「ワイセツだ」として逮捕されました。しかし、「わたしのまんこはわたしのもの」ですし、「わたしにとってはいやらしいものではありません」。
もちろん、多くの異性愛者の男性にとって、まんこは欲望の対象でしょう。しかし、それの何が悪いのでしょうか。性欲は人間に備わった自然な欲望です。本人の許可なく勝手に触ったり乱暴したなら犯罪ですが、内心でなら、誰でも何かを欲望する自由はあります。
ですから、「わたしのまんこはワイセツではないし、ワイセツで何が悪いのか!?」と警察と闘って来ました。

話を戻します。
茜さやさんの様な、胸の大きなモデルさんやその広告を非難するフェミニストを称する人達に、わたしは言いたい。
なぜあなた達は、警察がわたしにしたのと同じ事を女性にしようとするのか。
女性の体はその人のもの。他人が管理するものではありません。
人が誰かの体を見て興奮したり、それらを誘発する事がどうしても許せないなら、平等に男性アイドル、マッチョな韓流アイドル、男性タレントや俳優にも、仕事を降りていただきましょう。誰が幸せかわかりませんが。
それでも自説を曲げない方は「ふしだら憲兵」に名前を改めるべきで、フェミニストを名乗らないでいただきたい。

わたしは、フェミニストとして、おっぱいを持つ女性の一人として、しまんこ先生ほど突き抜けた笑い話に変える事はできなくても、それを皆が必要以上に怒ったり不安になったり怖がったりしない世界を強く望みます。

AKANE20160312012313_TP_V

今、フェミニズムに興味がある人全てに伝えたい。あなたの本音を自由に語ると「名誉男性」と攻撃されるなら、それはフェミニズムを盾にしたカルトです

将来は仕事でもフェミニストとして活躍したいと言っていた15歳の華のJK(本人自称)フェミニストのPさんが、嫌がらせによりTwitterから去ってしまいました。

Pさんはつい最近、フェミニストとの対談を希望する男性配信者達の企画に出演が決まり(後にその企画は無くなりました)話題となった人でした。
当初、多くの人達は「ミソジニストがJKをいじめたいだけだ」「音声が残って怖いよ」と、Pさんの出演を止めようと躍起になっていましたが、Pさん自ら出演を希望して名乗り出た事が分かると「ミソジニストに擦り寄る名誉男性」と、一部の過激なフェミニストがPさんをバッシングし始めました。(その騒動に関して思った事は過去ブログに書きましたので良かったらご覧ください

あらゆる方向から非難の声が上がる炎上は、おそらく初めての体験だったと思いますが、怯えて鍵をかけたり、あるいは逆上するわけでもなく、冷静かつ丁寧に対応していたPさんは、とても立派でした。
かく言うわたしも、何度も炎上体験しており、今では屁でもない事ですが、初めてそれを受けた時は動揺し、心の余裕もなく、自分も相手を傷つける言葉を投げ返してしまったものです。
ですから、わたしはフェミニストの一人として、立派なPさんを尊敬し、Pさんの今後の更なるご活躍を楽しみにしておりました。

ところが、そんなPさんへのトンチンカンな批判は止まず、一昨日ついに、フェミニストを名乗る匿名アカウント(ネカマと思われる)に身元を特定されそうになり、残念ながらTwitter を去りますと言い残し、Pさんのアカウントは見れなくなってしまいました。
Pさんは 「Twitterを辞めても現実世界で将来はフェミニストとして必ず活躍します」とツイートされていたのがせめてもの救いですが、たとえ直接の原因がネカマの嫌がらせであっても、仮にもフェミニストを名乗る者達がPさんを集中攻撃し、精神的に追い込み、結果的にネカマを呼び寄せ、Pさんを Twitter言論の場から追いやった事実は重く受け止めるべき事で、同じフェミニストとして、非常に情けなく、申し訳ない気持ちです。

Pさんを追い詰める様なフェミニストを称する人達には、わたしもよく「名誉男性」と言われ、揶揄されています。男性や男性の性欲を嫌悪し、萌え絵などを環境型セクハラと言い、表現の自由を認めない彼らにとって、「『男女平等』であるならば、男性の権利も当然尊重すべき」であり「表現の自由を強く主張」するわたしは許せない存在なのでしょう。Pさんもその様なターゲットの一人でした。
とにかく、彼らにとって気に入らない人は全て「名誉男性」で、彼らに従わない人間は敵であり、悪であり、仲間に分かる様に見せながら罪悪感を与えようとして来ます。それはカルトが信者の結びつきを強固にする手口とよく似ています。

とはいえ残念ながら、この手の人達はいなくならないでしょう。
わたしも多様な社会を目指す者として、自分とは相容れない意見の人達を排除すべきでないと思うし、本人がフェミニストだと言っている以上否定する訳にもいきません。
しかし、この様な人達のお揚げでフェミニズムがどんどん荒らされ、誤解され、本来の意味でのフェミニストまでが追い払われて行く事態には、わたしはもう我慢がなりません。

今、フェミニズムに興味を持った人全てに伝えたい事があります。
フェミニズムとは、男女の性差を超え、権利や選択の自由を増やそうという思想です。あなたがどんな考えを持ち、どんな発言をしても、言論の場においては自由なはずです。それなのに、「名誉男性」などと言い、あなたが本音を発信すると攻撃してくる人がいたら、それはフェミニズムを盾にしたカルトです。
一切、聞く耳を持つ必要はありません。

cult_kyoudan

日本を安易に「変態ロリコン大国」とバカにして悪い国だとサゲたがる人に思う事

新年明けましておめことうございます。
アイルランドに住むわたしも、今年はお餅も手に入れ、正月らしさをマン喫しながら過ごしています。

さて、新しい年が始まろうとする大晦日の夜でも、twitterではわたしのつぶやきに物申したい人で賑わっておりました。話題は「日本の治安の良さ」についてです。

日本では、萌え絵アニメポスターが街中至るところにあり、いかがわしい表紙の雑誌がコンビニで平気で売られ、フェミニストは「女性や子供への性的搾取だ!環境型セクハラだ!」と叫び、海外メディアからは変態ロリコン大国とバカにされがちです。最近も、2019年の世界のジェンダーギャップ指数は121位と最低ランクだったと嘆く声が上がりました。
わたしも日本に住んでいた時は、日本って民度低いな、欧米はその点進んでいて良いなと思っておりました。

ところが、欧州に住み子育てしてみて、わたしは気づいたのです。

日本って、これだけいかがわしい物が溢れているはずなのに、なんでめちゃくちゃ治安が良いのかと。

日本の子供達は、学校に行く際も保護者の同伴は義務ではなく、たった一人か子供だけの集団登校が一般的。子供だけで公園で遊ばせたり、お使いに行かせる親も普通にいます。
海外では、いかなる時でも子供には保護者が同伴するのが当たり前。たとえ世界の大使館が並ぶ治安の良いエリアであっても、何かぶつぶつ言ってる酔っ払い、薬中の様な人、変質者はフラフラしてますし、スリ、置き引き、強盗は日常的で、犯罪と隣り合わせだからです。
この感覚が当たり前になってしまうと、わたし自身が子供の時にたった一人でも外に遊びに行き、たった一人でも暗い道を歩いて帰っていたのを思い出すだけでゾッとします。
試しに、日本の犯罪発生率をググってみたところ、2016年のUNODC調べでは、世界195位中193位と、やはり統計上でも素晴らしく治安の良い国でした。
わたしが子供だった40年前に比べれば、現在の日本の親達はもう少し危機感はあると思いますが、それでも、いまだに子供の送り迎えに保護者同伴義務もなく、子供を一人でお留守番させてもネグレクトで保護者が通報されることのない日本において、この治安の良さは驚異です。
本当に変態ロリコン大国なら、大人が子供をここまで放っておけるわけがありません。むしろ、実際の児童への性犯罪率は海外の方が圧倒的に高いのに、日本をバカにする海外メディアに腹が立って来ます。

こう呟いたところ、「日本はちょっとでも目を離すと公園で子供がトイレでいたずらされる事件もあるんだ!」「うちの近所では子供を殺すぞと脅す人がいて怖くてお年寄りがボランティアでパトロールしてるんだ!」と言う方達が来ましたが、海外では「ちょっとでも目を離す」なんてとんでもない事で、「片時も目を離せません」し、その様な状況でもお年寄りのボランティアに頼るだけで済ませる方がおかしな事です。

「いや、日本では性犯罪が起きても被害者が声を上げづらいから、犯罪率にカウントされないんだ!」と言う方もいましたが、もしそうなら、欧米先進国でMeTooムーブメントが起きた事の説明がつきませんし、世界中のカトリック教会の聖職者達が長らく児童に性虐待をしていた事実がひた隠しにされ続けていた事が最近ようやく明るみになった事からも、「日本に限る」話ではないのです。ちなみにわたしが出演している女性差別問題をテーマにしたドキュメンタリー映画「Female Pleasure」では、聖職者からの性虐待を幼少時から受けていた事を告発したドイツ人作家のドリス・ワグナーさんも共演されていますが、彼女の告発は教会に揉み消され、裁判を起こしても国に棄却され、それでも今も闘い続けています。(ちなみにジェンダーギャップ指数第10位の先進国の女性です)

残念ながら、「性犯罪者や変質者はどの国にもいる」し、「性被害者が被害を告発しづらいのも人種や国は関係ない」事です。それでも、最近はSNSの発展もあり、被害者個人が声を上げやすくなりました。日本でも、広河隆一と言う鬼畜ジャーナリストが社会的に制裁され、レイプ被害を実名告発する女性も(バッシングは多いけれど)現れています。社会は少しづつですが、確実に良くなって来ています。
そのうえ更に、子供をここまで自由にさせてなお犯罪発生率が低い日本はそれだけ治安が良いと言う事を、皆んなもっと褒め称え合い誇りにすべきではないでしょうか。
もちろん、油断はなりませんから、保護者が子供に付き添える環境をどんどん整えて行けば、さらに日本は子供への性犯罪率を抑える事が可能でしょう。だけど萌え絵やいかがわしい雑誌の規制は全くトンチンカンな話です。

と言う事で、せっかく1年の始まりのおめでたい時期ですし、日本はどうしても悪い国だとサゲたがる人達や、何でも「日本の男(キモいおじさんとオタクに限る)が悪い!」と言いたがるフェミニストの皆さんも、街中にいかがわしい物が溢れてなくてもジェンダーギャップ指数が上位でも犯罪と隣合わせな欧米先進国に比べれば、治安の良い安全な国に住んでいると言う良い面にも、是非目を向けてはいかがでしょう

自分が住んでいる国を呪いながら住み続けるのは、あまり幸せじゃないと思うのです。

lolita_fashion