作成者別アーカイブ: ろくでなし子

ろくでなし子 について

Rokudenashiko/ Megumi Igarashi/ 自称芸術家。フェミニスト。表現の自由暴れん坊将軍。正式名は、ラ=ほと=ぼぼ=こーまん=おめっこ=おぱんぽん=ぱよぱよ=現在も被告人= ド=ろくでなし子 。2014年、作品などがワイセツだとして逮捕起訴され、裁判で国と争う。デコまんについては無罪を勝ち取る。残りの有罪部分については現在も上告中。

31日発売、実話BUNKA超タブー 9月号 吉田豪さんの、人間国宝にてインタビュー受けました。

31日発売、実話BUNKA超タブー 9月号 吉田豪さんの、人間国宝にてインタビュー受けました。

ご購入はコチラ

「マンコで逮捕された以外は、ごく平凡な人間なんですよ。その辺にいるマンコで逮捕された人間です。」

男性週刊誌で、まんこが伏字になってないの、初めてかもしれません( ´ ▽ ` )

About the Supreme Court’s ruling:

To my supporters and related parties

Today, the Supreme Court ruled on my vagina art case.  The result was disappointing: my appeal was rejected.  I was found innocent in 2017 regarding the exhibition of my work, but I was convinced that the rest of the charges, for distribution of data, would also be transformed to “Innocent”.  So, I do not agree with the result.

This all began because I wondered “Why are female genitalia considered obscene and taboo?”, and in order to overturn its image, have been making cute, funny works.  During my trial I argued: “The female genitals that are part of my body should not be judged obscene.”  I have challenged the police and the judiciary who tried to deprive me of the freedom to express things with my body as a motif.

However the Supreme Court seems unable to escape from the old-fashioned value standard of “obscenity because it is a female genitalia”.

It is a strange thing that 3D data of my body is considered obscene while the deco-man, an art made from my body is not.  Although in advanced Western countries, regardless of gender, there is almost no arrest or detention for artistic expressions that use his/her genital as a motif, I think it is a very anachronistic judgment in 2020. I am sorry that the cooperation and efforts of the lawyers and supporters who have helped me so far have not been fully realized.

However, I still dare to call this judgment a “historical judgment.”

It is extremely rare for the Supreme Court to rule on Article 175 of the Penal Code.  In such a situation, although all my charges have not been acquitted, the appeals court confirmed that the deco-man’s work exhibition was acquitted.  Therefore my case should remain in the history of obscene trials in Japan.

Often the person who has been subject to arrest and trial may be defeated afterwards.  However I am full of freshness and motivation to create.  Before I was arrested twice in 2014, I was leading kind of a halfway life, but due to severe police interrogation in prison, my spirit and patience were greatly and paradoxically improved, and I realized the importance of freedom of expression. I was blessed with a good husband and child as a result of the coverage of my arrest spreading overseas.

When I made this experience into a cartoon “What is Obscenity? The Story of a Good for Nothing Artist and Her Pussy?”, English, French, and Spanish translations were published.  So I was able to show my works to the world. In addition, the Swiss director’s documentary film “#Female Pleasure”, which selected me as one of the “Five Women in the World” and documented my activities, won the Premio Zonta Club Locarno at the Locarno Film Festival 2018 and has been shown in many countries.

When I made a 3D printed vagina kayak, I myself didn’t have that skill and needed help.  I wanted to master it, so I started studying and as a result, I was able to acquire the skills of 3D technology before the age of 50. My new works will be on display until July 22 at “BURST Generation: Death and SEX” exhibition, which is being held at Shinjuku Ophthalmologist(Ganka) Gallery, so please come visit.

Although it was a misdemeanor only punishable by a fine, I was unreasonably detained in jail for a long time, so at first I had a grudge against the police.  But I am thankfult o them now for giving me an experience that I would not have had if I were living a normal life.  The reason I started to create my vagina art seriously was that I received a large amount of slanders and bashings on a certain internet bulletin board.   I have found that I really like to resist the unreasonable pressure of powers, organizations and groups that try to hold people down.  Doing this has become my life work.

So I will continue to work creatively and announce new works. Furthermore, in the process leading up to the Supreme Court’s decision, a lot of happiness came in. In that sense as well, I feel proud that this judgment is a “historical judgment.”

Therefore, as a small thank-you to all the supporters, I created 3D Manko-chan data. You can enjoy it by downloading from the following URL. Please accept my gift.  
https://bit.ly/2W9AD2K https://bit.ly/2W9AD2K (*Valid until August 15)

わたしの最高裁判決につきまして

支援者ならびに関係者の皆様

本日、わたしの女性器アート事件の最高裁の判決がおりました。結果は、わたしの上告棄却という、残念なものとなりました。控訴審の東京高等裁判所にて、作品展示に関しては無罪判決が確定していたものの、残りの罪状についても、当然、無罪であると信じておりましたので、納得がいきません。


わたしは、「女性器はなぜ、卑猥なものとされ、タブーとされるのか?」と疑問を持ち、そんな女性器のイメージを覆すべく、かわいく、面白く、笑えるような作品作りをして参りました。そして、裁判では「わたしの体の一部である女性器は、当然にわいせつであると判定されるべきではない」と主張し、わたしの体をモチーフにした物をわたし自身が表現する自由を奪う警察や司法に対し、異議を申し立てて来ました。しかし、最高裁は、結局「女性器だからわいせつ」という、従来の古臭い価値基準から全く抜け出せなかった様です。
わたしは、単に「女性器の3Dデータをやみくもに頒布したい」のではなく、プロジェクトアートの一環として頒布したのであり、全体を通してわいせつ性があるかどうかを判断して欲しいと願いましたが、それすらも叶いませんでした。
わたしの体を元にして作ったアート(デコまん)は無罪でありながら、わたしのこの体(3Dデータ)がわいせつとされるのは、なんとも奇妙な話ですし、先進欧米諸国では、男女問わず、性器をモチーフにしたアート表現で逮捕勾留されることなど殆どないのに、2020年にもなって、非常に時代錯誤な判決だと思います。ここまで支えて下さった弁護団の先生方や支援者の皆様のご協力や努力が、完全には実らなかった事に、申し訳なさで一杯です。


しかしながら、わたしは、敢えてこの判決を「歴史的判決」であると申します。
刑法175条について最高裁で判決が出る事例は非常に珍しい事で、そんな中、全てについて、無罪は勝ち取れなかったものの、控訴審では、デコまん作品展示について無罪が確定しましたので、わたしの事件は日本のわいせつ裁判の歴史に必ず残る事でしょう。
また、普通なら、逮捕された人はその後の活動も萎縮してしまうものかもしれませんが、わたしは今、初心に返った様な清々しさと創作意欲でみなぎっております。2014年の二度の逮捕以前はどこか中途半端に生きて来たわたしでしたが、塀の中での厳しい警察の尋問によって精神や忍耐力が大いに鍛えられ、表現の自由の大切さも身をもって実感することができました。逮捕の報道が海外に及んだ事で、良き伴侶や子宝にも恵まれました。
この体験を「ワイセツって何ですか?」という漫画にしたところ、英語訳、フランス語訳、スペイン語訳本が出版され、世界に作品を発表する事ができました。さらに、「世界の闘う5人の女性」の一人として、わたしの活動を取り上げた、スイス人監督によるドキュメンタリー映画「Female Pleasure」は、ロカルノ映画祭でThe Premio Zonta Club Locarno 2018 を受賞しました。
3Dデータで女性器のボートを作った際は、わたし自身にはその技術がなかったものの、せっかくだからマスターしたいと思って勉強を初め、50歳を前にして、3D技術のスキルを身につけることも出来ました。その新作は、新宿眼科画廊というギャラリーで開催中の「バーストジェネレーション:死とSEX展」にて7月22日まで展示予定ですので、よろしければ遊びにいらしてください。
警察には、本来なら罰金刑で済むはずの軽罪なのに、不当に身柄を長期勾留された為、当初は恨む気持ちもありましたが、普通に生きていたら滅多にできない経験をわたしに与えてくれたという意味で、今は感謝しております。わたしがこのアートを真剣に始めたきっかけも、誹謗中傷やバッシングを某インターネット掲示板で大量に受けたからなのですが、仮に無罪になれば、嬉しい反面、わたしが闘うものが全くなくなってしまいます。わたしは、個人を押さえつける権力や組織や集団の圧力の理不尽さに、作品を通して抗う事が、本当に好きなのだと思います。もはやライフワークなのです。


そんな訳で、わたしは活動を自粛することなく、今後も新作発表など創作活動にますます勤しむ所存ですし、今回の判決に至る過程において、幸せな事が沢山舞い込みました為、そういう意味でも、わたしにとって今回の判決は「歴史的判決」であると自負いたします。


つきましては、支援者の皆様へのささやかなお礼として、3Dまんこちゃんデータを制作しました。下記URLからダウンロードしてお楽しみいただく事ができます。どうぞご笑納ください。
https://bit.ly/2W9AD2Khttps://bit.ly/2W9AD2K(*8月15日まで有効)


2020年7月16日    ろくでなし子こと五十嵐恵

2分でわかる!ろくでなし子って、フェミニストとして何やって来たの?

最近、Twitterで「ろくでなし子さんてフェミニストとして何やってたの」と言われる様になって来ました。二度の逮捕も、もう6年前の事なので、仕方ありません。以下、2分でわかる様に解説します。

わたしは、まんこを卑猥な物とする、世のまんこイメージを覆す為、自分のまんこの型をとり、キラキラにデコったり、ジオラマを載せたり、まんこの照明器具、まんこのiPhoneカバーなど、面白くて楽しくて笑えるまんこの作品作りをしてきました

その一環で、まんこを3dスキャンし、まんこのボートを作って、たまん川(多摩川)で漕ぎましたが、

まんこのボートを作る際に利用したクラウドファンド(CAMPFIRE)の出資者に、リターン(お礼)として、3dまんこデータをダウンロードできるURLを送信したのが、ワイセツ電磁的記録媒体頒布として、逮捕。二度目の逮捕では、それにデコまん作品展示の罪もくっつけられた上に、起訴されました

後に、控訴審の高等裁判所でデコまん展示は無罪確定となりましたが、3dまんこデータのダウンロードできるURLの送信については高裁でも有罪だった為、最高裁に上告して数年が経ちました…

逮捕の件を漫画にしたところ、英語訳、フランス語訳、スペイン語訳と、世界に作品が広がりました!

またその間、なぜか海外のロックミュージシャン Mike Scott と出会って結婚、44歳で元気な男の子を出産しました(笑)

何だかほのぼの幸せなまま、刑事被告人状態が続いておりましたが…

今月16日の15時、やっと、ハンケツがおりるのです!と言うことで、性器の(世紀の)まんこアート裁判のハンケツ結果をお楽しみに。お暇な方は、最高裁判所に、遊びに来てねー♪

最高裁判所住所はコチラ

「バースト・ジェネレーション:死とSEX」展 “BURST Generation : Death and SEX” exhibition 7月10日〜22日迄開催

本日より開催、
「バースト・ジェネレーション:死とSEX」展
“BURST Generation : Death and SEX” exhibition
に参加しております。
作家先生方と、ハイまんこ☺️

以下、ギャラリーサイトの展示会概要を転載します↓↓↓

「バースト・ジェネレーション:死とSEX」展
“BURST Generation : Death and SEX” exhibition
ろくでなし子、根本敬、釣崎清隆 、ピスケン 、ブライアン佐藤、
西牧徹、PONO♡FEKO 、ケロッピー前田
スペースM、S、E※関連イベント→https://www.loft-prj.co.jp/schedule/rockcafe/148571

〔概要〕
コロナ禍にある2020年、伝説の雑誌『BURST』の血統を継ぐ『バースト・ジェネレーション』(東京キララ社)が、時代を疾走してきた表現者たちに“新たな戦場”を提供する!
今回はゲストアーティストに「まんこアート」の巨匠・ろくでなし子を迎え、鬼畜悪趣味カルチャーの先駆者・根本敬、グロテスク表現を極める死体写真家・釣崎清隆、BURST創刊編集長&作家・ピスケン、褐色のエロス画家・ブライアン佐藤、淫魔の鉛筆画家・西牧徹、陰部神社を祀るPONO♡FEKO、究極のカウンターカルチャー・身体改造を追うケロッピー前田が集う。
タイトルとした「死とSEX」は、オーストラリア・タスマニアにある「死とSEXのミュージアム」の異名をとる美術館MONAにあやかった。MONAは、古代美術と現代アートに特化したコレクションを通じ、人間の最も原初的なアートの衝動は「死とSEX」の表現にあると教えてくれる。また、「死とSEX」展は「死と未来」展(ヴァニラ画廊、2013年)の続編にあたり、「Nach Fukushima(アフターフクシマ)」展(HfG Offenbach, Frankfurt Germany 2018)に次ぐ、ケロッピー前田キュレーションによる展示となる。ご期待ください!

7月16日、まんこ裁判ハンケツ傍聴ご希望の方へ

まんにちは。ろくでなし子です。

暑さでマスクをかけるのも息苦しい毎日ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

以前よりお伝えしておりますが、今月の7月16日(木曜日)15時より、最高裁判所にて、ハンケツが言い渡されます

傍聴をご希望の場合、最高裁判所は東京地方裁判所とは別の場所ですので、お間違えのない様にお願いいたします。

住所:〒102-0092 東京都千代田区隼町4-2

傍聴整理券交付開始時刻は、14時10分。交付締め切りは、14時20分です。

交付場所は最高裁判所南門です。一般傍聴席は21席で応募者数が枠を超過したら抽選となるそうです。よろしくお願い申し上げます。

傍聴ができなかった場合でも、18時より、ZOOMにて報告会を行います。17時半頃に IDやパスワードをお知らせしますので、ご興味ある方は是非ご参加ください。

新宿眼科画廊でのオンライン展示会始まりました。(7月7日まで)

6月26日から7月7日まで、新宿眼科画廊のオンラインweb展覧会に参加しております。

【作品説明】やぁみんな!まんこのようせい・まんこちゃんだよ!ぶったいを3Dスキャンして、じゆうにプリントできるかっきてきなぎじゅつをつかって、まんこアーティストのろくでなし子さんが、2014年のタイホをきっかけに、3dモデリングをべんきょうして、まんこをたのしいおもちゃにしたよ。だいいちだんは、3dLEGOまんこドール。おてもちのLEGOにくみあわせてあそんでね!(撮影:Michel Paschalis)

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今から6年前の2014年は、わたしにとって忘れられない年です。

5月に新宿眼科画廊にて、「まんこで遊ぼう!よいこのまん個展」を開催しました。自らのまんこを3Dスキャンして作ったまんこのボートや、3dプリントした模型、まんこのアプリゲームなど、わたしの中では最新テクノロジーを駆使しながら子供でも楽しく遊べるまんこアートを展示したつもりでしたが、後にそれらがワイセツとされ、7月と12月に二度も逮捕されました。

それ以前から、わたしはまんこをデコってジオラマを載せるなどしてましたが、手作業で石膏を使い1個1個かたどる作業は時間がかかるし、その単純なアナログ手法にも飽きていました。3dプリントの技術でそれが可能だと思いついた時は、興奮と喜びで満ちました。

当時も今も、新しいテクノロジーがあれば、まんことかけ合わせてみたい!そしてプロダクトアーツとして量産したい!と思う気持ちは変わりません。ただ、当時は3dの技術は自分には高度すぎた為、専門の業者にお願いしておりました。専門業者に頼めば当然お金もかかりますから、アイデアを気軽に形にできないのが、一番の悩みでした。

二度の逮捕を機に、「これで逮捕されたからには極めたい」と思い勉強し、50歳を前に、3d技術のスキルを身に付ける事ができました。これからは、誰に頼る事なく好きな作品を量産できると思うと、感無量です。警察には感謝しかありません。

あれから6年、新宿眼科画廊のオンライン展示会で再び展示させて頂く事になりましたが、ちょうど同じ年の7月16日に、わたしの裁判の最高裁ハンケツが下りる事になったのも、何かのご縁を感じます。

新宿眼科画廊オンライン展示会は、勿論、まんこに限らず、他の作家さん達の、若々しいアイデアに満ちた、楽しくて可愛くてユニークな作品が展示されています。ぜひ、遊びにいらして下さい。

http://shinjyuku-online.com

日本に住みながら、日本人をあまり理解しようとはせず、自身の考える正しさを日本人に押し付けがちなバイエ・マクニールさんにお伝えしたいこと

黒人差別反対運動”Black Lives Matter”の勢いは、本国アメリカでは治るどころか、ますます強いうねりとなっている様です。先ほども、幼い黒人の子供が警察に催涙ガスをかけられた報道を観ましたが、3歳の息子を持つ親として、子供までが巻き込まれてしまう事に、悲しすぎて胸が痛みます。

日本でもBLMに賛同した人達が先週末にデモを行っていた様ですが、本国アメリカとは少し違って、決して快くは受け入れられない人達の声の方がちらほら散見されました。その理由は以前ブログにも書きましたし、今日も少し追記しようと思います。

さて、そんな日本人の無理解に不満を抱いたであろうこの方が、この様な記事を寄稿されました。

黒人記者が語る「抗議デモ」と「人種主義」 知らないうちに、死んでるのかもしれません | アメリカ – 東洋経済オンライン

バイエ・マクニールさん。氏は、以前もダウンタウンの浜田雅功さんがお笑い番組の中でエディ・マーフィーさんのモノマネでしていた黒塗りメイクを「差別だ」とし、批判のツイートをされていた方です。

氏の記事は、一部の欧米リベラルを支持する日本人以外にはかなり不評の様で、わたしのタイムラインでも批判の声が上がっておりました。

何が問題かと言えば、バイエさんは「テレビで警察署に火炎瓶を投げつけているアメリカ人を見る時、あなたがそこに見ているのは、ブチ切れてしまった時のあなた自身です。」と言い切り、BLMデモで怒った暴行や略奪や放火を間接的に擁護し(それだけならご本人の自由ですが)、これに賛同しない人(多くの日本人)はレイシストと同じであるかの様に述べている事です。

日本人は、当たり前ですがアメリカとは全く違う歴史を歩んで来ました。アメリカの様な、異なる人種の人々を大量に連れて来て奴隷として売買し、それを制度にまでして代々労働搾取させた歴史もありません。また、他国と違って警察に対する信頼度も高く、実際に日本の警視庁の捜査能力は有能です。

勿論、日本にも差別は厳然とあります。というよりむしろ、あらゆる世界の国々の人達は、肌色や見た目に限らず、生まれ育ちや宗教や思想の違いで誰かを差別する物だと思います。

ただ、日本の差別は、暴力行為よりも、「無視」や「侮蔑」や「村八分」という形を取りやすく、治安や秩序を何よりも大事に考えて物を大切にする為、抗議の為に火炎瓶を投げる様な行為は、多くの日本人にはどうしても理解しづらいと思います。

また、1970年代に盛んとなった学生デモでは、活動家たちが仲間をリンチ殺害しあったり人質をとって山荘に立てこもり、1990年代にはオウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした事で、反社会的な人達は「社会悪」というイメージが国民の中で決定的となりました。

ですから、「どんなに正しい事を言っている人でも秩序を乱すのはおかしい」と思う日本人が、ごく一般的ではないかと思います。

そもそも、まだコロナ禍が治っていない中で大規模デモに参加する事に疑問を感じる人の方が圧倒的だと思うので(だからこそ、コロナ禍でも、感染の危機に晒されながら、感染者数や死者数をどの国よりも抑えることができた特殊で独特な国の所以だと思います)。

この様に考える日本人の私と同じくらい、バイエさんにとってはバイエさんの欧米リベラル的な考えが「正しい」ものでしょうから、まずはお互いの「考え方の違い」を理解しなくては、歩み寄りは非常に難しいと思います。

実はこの件を、ブリティッシュ(スコットランド人)の夫とも話したのですが、わたしは日本人的な考え方と欧米リベラル的な考え方の違いを簡単に説明しましたが、夫には「欧州やアメリカと言ってもいろんな人種がいるから一括りにしてはならない。日本人だけグループマインドの国だから、ちょっと違うよ」と言われました。

そこで一瞬納得しかけたのですが、「ん?待てよ?」と思ったのです。

というのも、話しているうちに、結局夫も「黒人差別は酷いものだから、多少の暴力や略奪は仕方ない」という典型的な欧米リベラルな考え方を、平和的なデモと犯罪は分けて考えるべきとするわたしにも押し付けがちだったからです(流石に、「BLMni賛同しない人はレイシスト」とは夫は言ってませんけど)。

欧米リベラルは、自分達は何からも自由であって、他者の多様性を尊重しましょう、と言いながら、時々物凄く押し付けがましく決めつけてくるし、答えや主張がみんな共通している様に感じるので、結局それも「欧米リベラルのグループマインド」に見えてくるから不思議です

繰り返しますが、わたしは、欧米リベラルの考えを否定してはいません。ただ、日本人であるわたしとは異なる、と言っているのです。その違いがわかると、「なんで理解ができないのだろう」とイライラする前に、「違うのだから理解できないのは仕方ない」と一旦諦め、「ならばどう伝え、共存して行くか」という方向に思考がシフトできるのです。

バイエさんの、ダウンタウン浜田さんの黒メイク批判についても、「こんなの欧米ではアウトだ!不愉快だ!」といきなり反発するのではなく、欧米の様な黒人差別はなかった日本で、肌色の違う黒人のモノマネをするのに黒くする事に疑問を感じてこなかった日本の芸能文化について多少は理解した上で、「それでも世界基準では、それは問題にあたるので、考えてみませんか?」という風に伝えていたら、少しは違っていたかもしれません。

バイエさんは日本滞在が16年もお有りの様ですし、やみくもに「火炎瓶を持って立ち上がる人の気持ちがわからないのか!」と言う前に、多少は日本人の考え方をご理解いただいければ、どの様に日本人に訴えて行くのが一番効果的かも自ずと見えてくるのではないでしょうか。

バイエさんに限らず、以前より、日本に住む外国人ジャーナリストが、一方的に日本を悪く言ったりバカにする記事をよく見かけて残念な気持ちになります。遠い東の異国に住む人達の事について楽しく書くよりも、面白おかしく笑ったり貶す方が、本国のニュースサイトではアクセス数が得られるのかもしれませんが、もしも本当に日本の事を心配したり気にかけてくださるのなら、思い込みだけで記事を書かず、日本の文化や歴史や、なぜ日本人はそう思うかをよくご理解して頂きたいものです。

わたし自身も、BLMについてや、その他の海外で起きる事件に対し、日本的な価値観で一方的に決めつけたり断罪しない様に十分気をつけ、自分と相手の違いを考えながら主張していきたいです。

ちなみに、わたしは、まんこのアートを作っていただけで逮捕され、約1ヶ月間警察に勾留されて自由を奪われた上に起訴されるという理不尽さを体験しましたが、人生で一番ブチ切れた相手に火炎瓶を投げるよりも、ブチ切れた相手には裁判で闘うし、ブチ切れた相手を作品にしたり、モチーフにしたおもちゃを買って息子と遊ぶ方が楽しいです。世の中には、そういう人もいるんですよ、バイエさん(^^)(この日はプレイモービルの警察署で遊んでます)

What I want to say again about the difference between Japanese and foreign ways of thinking about protest demonstrations against killing of George Floyd

While the number of new coronavirus infections is declining worldwide, in the United States, “Black Lives Matter”, protest demonstrations against a man killed by police officers discriminating black people became popular, and the spark is spreading all over the world. It is natural for people to stand up against black discrimination, but the riots have become radical. Some people are even attacking Nike and Apple stores and others are setting fire on buildings and cars.

President Trump said such actions were led by ANTIFA, militant, left-wing, and anti-fascist political activists and identified them as terrorists.

However, there is also a theory that these criminal acts are masquerading or inciting by Trump-supporting white supremacists. Since I live far from the United State, I do not know what the truth is.

Although it was revealed in a survey by Twitter, Inc. that the twitter account claiming to be ANTIFA was a spoofed white supremacist, I wonder if an account with only a few hundred followers could be so influential. Also, have watched the videos of people actually attacking shops. Some were white and some were colored. They seemed to be the people of all races. There seems to be no white man. In addition, I do not really have a good image for ANTIFA. The reason is because due to the mere disagreement, for many years I have been receiving harassment, such as being called as a racist, by people who claim to be ANTIFA in Japan.

And, of course, I am opposed to racism, but my home in Dublin is near the American Embassy. It would be terrifying if there was an arson or an attack near my home even in the name of black discrimination.

I agree with the demonstrations, but I am against crimes such as plunders and violence.

However, when I said so, some people especially English-speaking and Japanese living in overseas, attacked me with Twitter. “Black discrimination is more important than such a small crime!”, one said. “A small sacrifice is just for justice!”, the other told me off and labeled me as “discriminator”.

Let me say again.

(1) It is a serious problem that a black man was killed by public authority due to racism. So, I support the demonstration activities.

(2) I oppose situations where the property or life of a third party, including myself, is unduly exposed to danger.

Opinions (1) and (2) can coexist in my mind, but for some reason, many people do not understand. It felt extremely unreasonable be attacked by them when I expressed the idea (2) even after I stated (1). Why are they so extreme? 

This question has come a little after a talk with my friend, so I would like to share my thoughts with you. In short, I thought that it could be due to differences in the history and culture of the demonstrations, as well as the degree of liability in public safety, and police between Japan and foreign countries.

For example, in Japan the student movement flourished in the 1970s, an extremist student group gathered in the mountain. They tortured and killed each other and held a hostage in the cottage. They became a symbol of social evil. In the 1990s, AUM Shinrikyo caused a subway sarin incident, so the impression that “Anti-social people were terrifying when radicalized.” became stronger, I think. I also think that compared to other parts of the world, in safe country like Japan, decapitations and arsons caused by demonstrations are quite extraordinary for us Japanese.

Two years ago, youths gathered in Shibuya for Halloween to make a big fuss, not a demonstration. In countries with poor securities, it is an everyday scene and there is no arrest, but in Japan some of them were arrested and their real names were announced to the public as a warning to others. Unfortunately, each one of them would not even be able to get a proper job just by burning a light truck upside down. They are almost liquidated from society. However, we Japanese value security more than anything else. So, if there is a plunder or an arson in the demonstrations, those who have done it will be subject to social sanctions.

In some other countries where police and mafia are connected to each other, the police are corrupt and unreliable for not helping those who reported the cases or not investing them. On the other hand, Japanese police do not have obvious corruption or cozy relationships with the gangs. Although they arrest a female artist of pussy, they seem to have basically a high trust from the public for their investigative ability.

With the dark history such as the student movement in the 1970s and the terrorist act of AUM Shinrikyo, we Japanese have a lot of trust in the police and fear for deprivations and arsons. The promise of the way of thinking about demonstrations may be different between us and people in unsafe (pardon me for using this word) countries with frequent demos.

I add what I have noticed about a story about an acquaintance of mine who lived in the United States. Her favorite pouch was stolen as she left it for less than a minute in the school lavatory. She reported to her teacher. The teacher preached, “A thief has reasons. Make sure to protect your treasure.” When her relatives called the police for an office robbery, the policeman told them that criminals might not be found and so the stolen goods would not return. It seems to me that Americans think criminals have circumstances or reasons such as poverty, so people should be responsible for self-protection within the United States.

Since we Japanese strongly aware that “No matter what the circumstances, a crime is a crime.”, “We shouldn’t annoy or harm others.” and “Criminals are evil.”, it is hard for us to understand American way of thinking. When I had no idea why they think that way, but now my discomfort disappeared. There is no help for it because the ways of thinking towards crimes are different. Therefore, obviously it is not a matter of comparing the superiority of cultural standard between two countries.

Even with these differences, I would say again that I am in favor of the demonstrations because it is a serious issue that black man was killed by public authority due to racism. However, I am against situations where the property and life of third parties, including myself, are wrongfully exposed to danger.

It is because we all do not want to be attacked on our shops or residence. If I were told “A small sacrifice is unavoidable.”, I would be angry not only with those who said so but also with the people who participated in the demonstration. It still is unreasonable for someone to get hurt or suffer damage even if it is much smaller compared to black discrimination. There will be another hatred and fights and discriminations will never end.

The chain of barren anger should be broken.

Shouldn’t we consider protest demonstrations and crimes such as plunders and arsons separately?

In Black Lives Matter, there was a demonstration that allowed the American flag to be run over by a car. Although expressions to stain, trample, destroy or burn something are not what I like, I do not stop them at all because we all have freedom of expression. I just want to express my hate of police officers in cute and happy ways in my works.

Discrimination is something that is in everyone’s mind, so I think it is difficult to eradicate. However, I hope everyone in the world can live in peace, and happiness by reducing it as much as possible.

In this text, I used the phrase “the American way of thinking”, but of course, since it is a country of all races, I do not say that all Americans think the same way.

I speculated that it might be a particularly prominent feature of those who attacked me on Twitter.