気に入らない人を排除して心地良い意見の人だけの小さな箱に篭ろうとするリベラルを称する人達に思うこと。

まんにちは。ろくでなし子です。

7月の最高裁ハンケツで、晴れて自分のまんこで前科一犯者となるなど諸々ひと区切り出来てからは、コロナ禍の下で暇つぶしに買ったミシンで洋裁に明け暮れる、穏やかな毎日を過ごしております。

Twitterでも特につぶやきたい事もなく、3日に1着ペースで作るワンピースや子供服の画像を上げる以外は過去記事のbot化しておりましたが、最近、とあるツイートを目にして、久しぶりに首を突っ込んでしまいました。

タレントのつるの剛士さんが、ご自身のパクチー畑で泥棒被害に遭われた件をツイートしたところ、それが「外国人差別」だとされ、特に、元新潟県知事の米山隆一さんや、映画批評家の町山智浩さんが、つるのさんを激しく糾弾し、周りも巻き込み大きな騒動となっていました。

つるのさんは、野菜泥棒した人を義理の弟が捕まえたら「日本語わからない」の一点張りだった、と言っていて、主に被害を受けた怒りをツイートしたかったのだとわたしは思いますが、

怒っている人達は、外国人は泥棒だと決めつける差別だ!という主張のようです。

この件に対して、人の数だけ賛否両論意見があるのは当然のことで、わたしはつるのさん擁護をしたくてブログを書いている訳でもありません。そこは論点ではない事を先に言っておきます。

わたしが違和感を感じたのは、つるのさんが、町山さんの引用RTに対して「辛すぎて涙が出ます。あまりにも酷いです」と返したところ、町山さんが「これが被害者しぐさ」と返した時でした。

そこで、素直なわたしは思った事をそのままツイートしました。

”町山さんの「被害者しぐさ」発言。普段は「被害者に寄り添って」などと言っていた、あるフェミニストが、気に入らない人を「被害者ぶってる」と言っていたのを目の当たりにしたのを思い出します。結局、そういう人は被害者の事を真に考えていなくて、自分に都合がいいコマになるかどうかなんでしょう。”

これはわたしが昨今のフェミニストや反差別リベラルを称する人達にずっと感じていたモヤモヤでしたので、町山さんには失礼かもしれませんが、撤回するつもりはありません。

そしてその夜、わたしのこのツイートを、町山さん本人が引用RTされました。

同じ内容なのに、削除→引用RTを繰り返され、その都度こちらに通知が届く為、なんだか動揺されている様で、反論するのも気の毒になりました。

きっとtwitter依存症なのでしょう。お疲れの様なので、スマホを置いて落ち着かれてはどうかと、ご本人には@も飛ばさず、反論もせずにおりましたが、翌日、町山さんにはブロックされていました。

余程、目にしたくないツイートだったのかもしれません。

町山さんは文字通りお疲れの様ですし、ブロックをする自由は誰にでもあるので、仕方ないことです。

とはいえ、キレ芸が面白かった町山さんには、そっとブロックするのでなく、クソ味噌に罵倒してもらった方が、まだ面白かったな・・・そう思っていた矢先、なぜか、何も言及していないこの人にまでブロックされていた事にも気づき、流石に笑ってしまいました。

わたしは恨み節を言いたいのではありません。「プロのブロックされる人」と自称しているくらいなので慣れてますし、お好きになされば良いと思います。

そして、わたしは10年前から町山さんのTBSラジオでの映画批評を楽しく聴いていた者として、今後も、町山さんの映画批評は楽しみ続けたいと思います。

津田さんにも、今後津田さんのイベントを右翼系の人達が阻止しようとするなら、表現の自由を主張して支持する気持ちは一切変わりません。

それとこれとは別だからです。

わたしにも、「お前の事、応援してやってたのに!(or釈放署名してやったのに!etc)」と言う人がよくいますが、自分が勝手に他人に何かを期待して、なんか違うと裏切られたとキレる事こそ、おこがましいなぁとつくづく思います。

ただ、町山さんや津田さんを「リベラル」と呼ぶ事には、疑問の声を上げ続けようと、改めて思いました

リベラルとは、思想の右左関係なく、批判も受け流しあい、様々な主張の人達との共存を目指すものだと思うので、気にいらない人や異論者を排除して、賛同者だけの小さな箱に閉じこもる人達が自称するのはおかしな話です。

彼らや彼らの支持者達は「多様性」も主張しがちですが、彼らが真に目指しているのは、「自分と同じ事を考える人だけで統一した単一性の社会」では、としか思えません。

また、気に入らない人をどんどんブロックして「目の前から消す」ことが当たり前だと思う人達が勢力を持った時、わたしの様な人間は真っ先に粛清され、発言させなくされそうで、とても怖いです。

町山さんや津田さんのことを「リベラル」としてありがたがって取り上げるメディアも、良い加減にして欲しいものです。

twitterで起きた出来事や思いは記録にとどめていない限りはどんどん流れて行って消えてしまうので、なかった事にされない様に、拙ブログに書いておきます。

:追記 このブログに賛同して下さる方が多くて、それはありがたいのですが、そのついでに町山さんの出自をあげつらう人もいます。それは差別なので、わたしは一切同調いたしませんし、迷惑です。批判すべきは、生まれや性別属性など変えられないものではなく、その人の行動です。

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