「#私たちのフェミニズム」を何がなんでもみんなで語らせようとしない閉塞したフェミニスト達に思う事

フェミニズムを扱う新しい企画の記事が、掲載初日から燃え上がっています。

#私たちのフェミニズム 」をみんなで語ろう。と言うタイトルの、その対談コラムは、ライターの髙崎順子さんが、『もっとフラットに「フェミニズム」を語る機会はないだろうか。専門家でなくても、より身近な「私ごと」として、この言葉に触れられないだろうか』と考え、そこで、『性別、年齢、立場を超えて、フェミニズムに対するそれぞれの語り手の思いをなるべくそのまま連ね』ようとする趣旨でスタートし、記念すべき第一回の対談者は、2ちゃんねるやニコニコ動画を立ち上げた西村博之(ひろゆき)さんでした。

おそらくお二人ともフランス在住の為会いやすかったのもあるかと思いますが、コラム趣旨通り、敢えてフェミニストの専門家ではない人であり、かつ、インターネットと言う情報社会で新しいコンテンツを生み出して来た第一人者であるひろゆき氏にフェミニズムについて意見を聞くのは、わたしは画期的だと思いました。なぜなら、SNSの発展で急速にフェミニストを名乗る人たちが増えた事からも、もはや個人の発言がネットとは切り離せなくなっていると思うからです。

ひろゆきさんは、ニュース記事の煽り文句にもある通り、『男女平等を実現したいのであれば、今の日本では「フェミニズム」って言葉を使わないほうがいい』と言う、フェミニストのわたしにとっては挑発的な意見で、そこについては個人的な思いがあるので賛同はしませんが、そう言う意見もあるのだと知れた事は良かったです。その他の内容についても、情報社会を見渡しているひろゆきさんの一意見として、フェミニストであるわたしは興味深く楽しく拝見しました。

しかし、このコラムが多くのフェミニストの逆鱗に触れたらしく、批判のツイートが沢山流れていました。「フェミニズムは男性に理解してもらわないと広まらないとか(中略)うんざりなんだよ。(中略)そんな交渉のテーブルにはつかないよ」と激しく拒絶するフェミニストのツイートに、何千件もイイネがつく程で、わたしは呆気に取られてしまいました。

怒っている人達は、ひろゆきさんの『僕は専業主婦の家庭で育っていて、「女の人が働かない」ことがいかにラクか見えていました』
『女性は顔がある程度かわいければ、そこそこまともな結婚ができて一生食いっぱぐれない。けど男性はイケメンでも二十歳過ぎたら仕事ができないと行き詰まる 』
と言う発言に主にお怒りの様です。

これらは単にひろゆきさんの私見であり、ひろゆきさん個人の目に写った世界です。が、中にはたったこれだけのことで「ミソジニー(女性嫌悪)だ!」と怒り狂う人もいて、毎度のことですが、なぜそうあなた達は湯沸かし器より沸騰しやすいのか、とため息をついてしまいます。一部のフェミニスト(今やネットではかなり多数派かも知れません)が、「女は男より生きづらい」とし、少しでもそうでない事を言う人を攻撃する姿をTwitterではよく見て来たので、同じフェミニストとしてわたしこそ「うんざり」する思いです。

わたしは、「男と女、どちらが生きやすいか?」と聞かれたら、「どちらにもそれぞれ違う種類の辛さと楽しみがある」としか言えませんし、「性別は関係なく、年齢やその時の状況によって意識も変わるもの」だと思います。
わたし自身、若い頃は若いだけでチヤホヤされ、就職しなくても誰にもとやかく言われず、当時は「女ってラクだな」と感じていましたが、年を重ねるごとに、BBAと呼ばれて急に低い扱いを受けたり、嫌がらせやセクハラも増え、特に低収入のフリーランスで独身時は新居を探すのも大変で、「女って生きづらい」と感じる様になりました。
さらにその後、結婚して専業主婦になったら、また意識が変わったのです。
今までの様に必死で働かなくても暖かい家でご飯を食べられ、家の中で創作活動や好きなことをしながら家族と過ごせるのは、わたしにとってとても幸せな事です。同じことを男性がしていたら、「男なのになんで働かないで家にいるの?」という世間様の圧力を感じたかもしれません。丁度今はひろゆきさんの思い出の中のお母さんと同じ立場かもしれません。
この先、もしかしたらまた状況が変わって「女って生きづらい」と思うかもしれません。結局、性別と言うよりも、個人の状況や価値観次第で変わるものなのです。

勿論、専業主婦と一口に言っても、夫が妻に協力的ではないとか、お金を入れないなど経済的に苦しめたり、言葉の暴力、実際の暴力をふるう場合もあるかもしれませんし、みんなが全てわたしの様に幸せを感じているなどとは思っておりません。経済的には自立していませんから、そこに強い不安を感じる人もいるでしょう。
ですが、現に、わたし自身は幸せで、「女であるラクさ」も感じるのは嘘ではなく、「ラクそう」に見られることの、何が一体ダメなのか、さっぱり分かりません。
女性の権利拡張や自由を目指すフェミニストなら、「生きやすい」と感じる女性が増える事こそ望むべきなのに、意味不明
です。

改めて、この対談コラムはフェミニズムの専門家ではない人達にも広く語り合える場にする事を趣旨としているので、対談相手を全く間違えてはいませんし、1話1話で必ず良い結論を出す義務もありませんから、髙崎さんに「ああしろこうしろ」と完璧さを求めるのも筋違いでしょう。
わたしは今後も、もっともっと、なんならフェミニストから嫌われているような人との対談をやって欲しいと思い、楽しみにしております。
なぜなら、わたしは、女性の権利や自由について改善したいなら、人口の半分が男性である以上、男性にも話を聞いてフェミニズムへの理解を深めるべきだと思うからです。

しかし、ほとんどのフェミニストの人達は、あいも変わらず共感や賛同しか求めず、異論や反論は拒絶していくスタイルです。わたし自身、同じフェミニストを名乗る人達から文字通り「ブロックで拒絶」されている有様です。フェミニストが頑固で偏屈で怖い人達のイメージに根付いてしまったら、結局「あの人達には触れないでおこう」と誰も相手にしないタブーな存在となり、ますます先鋭化してヤバイ人達になっていくでしょう(もう十分そうなっているみたいですが)
わたしは、フェミニストの一人として、今のフェミニストが自分達を客観視できなくなっている状況を強く危惧します。
そして、この対談コラムについても、媒体であるハフポストさんが、多くのお怒りのフェミニスト達に忖度して今後の対談相手をフェミニストが気に入りそうな相手に偏らせたり、あるいは連載自体を早々に終了する事がない様、強く望みます

(こちらで書き足りなかった話を更新しました→ それでもわたしがフェミニストを名乗り続ける理由 (「#私たちのフェミニズム」を何がなんでもみんなで語らせようとしない閉塞したフェミニスト達に思う事オマケ

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